「編集者ディドロ 仲間と歩く『百科全書』の森」鷲見洋一著
1960年代初頭、日本では空前の百科事典ブームが起こり、一家に1セットといわれるほど百科事典が各家庭に浸透していった。その百科事典のパイオニア的な存在が、ディドロ、ダランベールらが編集した「百科全書」だ。1751年から77年までに、本文17巻、図版11巻、全28巻を刊行。総ページ数約1万6000ページ、総項目数約7万項目、総執筆者数約200人という巨大事業である。
本書は、編集長としてこの大事業に携わった思想家ディドロに焦点を当て、彼がどういう経緯でこの仕事と関わったのか、彼に支払われた報酬や給与はいかほどだったのか、事典の執筆に当たった人々はどのような階層だったのか。さらには事典刊行に際してディドロたちが遭遇した障害、抵抗、弾圧がいかなるものだったのか等々、事典刊行にまつわる事柄を多層的に描いていく。
1751年、第1巻が刊行されたが、そのときの予約者数は1400人。購読料は、現在の円に換算して70万円。購読できたのはかなりの富裕層に限られていたことがわかる。
それに対して、最初期にディドロが版元である協同書籍商から支払われたのは年収670万円。第1巻の総項目数5247編のうちディドロが執筆したのは4割近いとされ、編集実務を考え合わせると、決して十分ではないだろう。しかも、ディドロは刊行準備中の1749年、筆禍事件を起こし逮捕されてしまう。どうにか刊行にこぎ着けたものの、途中で発行禁止の憂き目にも遭い、その道筋は決して順風満帆ではなかった。
発行禁止という危機に際し、ディドロらは図版巻の刊行をもってしのいでいくのだが、著者はこの図版巻を詳細に見ていくことで、この全書の関係者らが「身体知」の分野の領域を果敢に開拓しようとしていたことを明らかにしていく。900ページ近い大著の中でも、この図版巻の解読は本書の白眉だろう。 <狸>
(平凡社 5280円)