「『ヤングケアラー』とは誰か」村上靖彦氏
ヤングケアラーと聞くと、病気の家族の世話や高齢者の介護、毎日の家事などを引き受けざるを得なくなった子や若者がイメージされることが多い。しかし、目に見える身体介護や家事労働がなくても、うつ病や精神疾患を抱えた親などの見えない精神的ケアを担う子が数多くいる。
本書は、個々の事情を抱えた多様な7人のヤングケアラーへの詳細なインタビューを通して、彼らが抱えている困難の本質とその支援の在り方について迫った書だ。
「長年大阪の西成地区で困難な体験をしている子の支援の調査をしているのですが、ネグレクト疑いで見守りをする必要があるとされている彼らの多くが、ヤングケアラーに当てはまることは認識していました。しかしその一方で、私が関わってきた学生の中に、親が大学まで出す経済状態の家庭でも、家族をいつも心配しケアせざるを得ない、というタイプのヤングケアラーがいることにも気づいたのです」
序章には、かつての教え子のエピソードとして、新興宗教に依存している母親の修行や奉仕につき合わされ、摂食障害や体調不良に陥って若くして命を失った学生の話が登場する。さらに著者が実際にインタビューした子どもでは、脳死状態の兄を持つ子が回復を疑わない親の気持ちに違和感を持ちつつも元気なふりを装って自分を見失う例や、うつ病の母親の自殺寸前の姿を目撃して、母親から目が離せなくなった子の例などが紹介されている。「家族を心配する子」たちの、うまく助けを求められないまま孤立していく状況は切実だ。
■核家族化でケアの担い手が子どもに
「外部から見てネグレクトや貧困などの問題が明らかで支援されている子よりも、むしろ自分の居場所が見つからず、支援してくれる人もいないまま家族を心配し続ける子の方がしんどいのかもしれません。ヤングケアラーは貧困問題のイメージがあるかもしれませんが、そうではありません。周囲の支えや居場所がないことが問題なんです」
著者は、ヤングケアラーが生まれた背景として、社会構造の変化を指摘する。核家族化が進み、共働きも多くなった上に、高齢化も進んでいく社会で、小さな家族の単位内ですべてを担わなければならなくなった。つまり、ケアの担い手が子どもしかいなくなったのが今の社会なのだ。親が責められることを恐れて自分の困難さを隠す子もおり、子どもが助けを求める声をあげることはとても難しい。
調査によれば把握できているだけでも学校のクラスの5~6%がヤングケアラーに該当するといわれている。昭和の時代にも、そうした子は珍しくはなかったが、今は家族の孤立や自己責任論が現在の状態に拍車をかけているという。
「誰かを責めるためにヤングケアラーという言葉があるわけでありません。きっとゲンダイの読者の身近にもそうした子はいるかもしれませんし、自分自身や身近な誰かも、かつてヤングケアラーだったかもしれません。核家族を閉じたままにせず、社会に開いていくことが、解決の手だてとなります。子どもをその家族と含めてどのようにサポートしていくか、考えていただくきっかけに本書がなればと思います」
(朝日新聞出版 1870円)
▽村上靖彦(むらかみ・やすひこ) 1970年生まれ。大阪大学人間科学研究科教授・感染症総合教育研究拠点兼任教員。パリ第7大学で博士号取得(基礎精神病理学・精神分析学)。専門は現象学。「母親の孤独から回復する 虐待のグループワーク実践に学ぶ」など著書多数。