「福家警部補の挨拶」大倉崇裕著
物語の出だしで犯人がわかっているミステリーを倒叙ミステリーという。その嚆矢はフリーマンの「歌う白骨」(1912年)とされている。以後、クロフツの「クロイドン発12時30分」、ハル「伯母殺人事件」、アイルズ「殺意」といった名作が生まれているが、日本でもっとも広く知られているのはTVドラマの〈刑事コロンボ〉シリーズだろう。〈古畑任三郎〉シリーズがそのパスティーシュだということはよく知られているが、本書もまたコロンボのオマージュというべき作品だ。
【あらすじ】ヨレヨレのコートに風采の上がらない中年男というのがコロンボのスタイルだが、本書の主人公の福家警部補は身長152センチ、眉の上で切り揃えられた髪のせいでひどく幼く見えるが、30歳は越えている女性。その容貌から、まず刑事、しかも事件の責任者とは見られない。だから警察手帳を提示するところから始まるのだが、相手が油断して彼女を見くびるところから始まるのはコロンボと一緒。そして、やたら細かなことに気がついて、しつこく質問をくり返す。相手がいい加減うんざりしているところに、「もうひとつだけ質問よろしいですか」と畳みかけてくるのも同じだ。
並ならぬ書物への愛を抱く私設図書館の女性館長、元科警研の主任でカービング(復顔術)の大家である大学講師、オーディションに合格して再起を図る女優、ひたすら質の良い日本酒造りを目指す酒造会社社長--いずれも周到な準備をして完全犯罪を企むのだが、そこへ小柄な福家警部補が大きく立ちはだかる。
【読みどころ】本家とは一味違う工夫が凝らされてはいるが、そこかしこにコロンボ作品への愛情があふれていて、思わずにやりとしてしまう。 <石>
(東京創元社 880円)