「ほんとうの定年後」坂本貴志氏
「少子高齢化が進む国内において定年後も働き続けるということは、誰しもが考えなければいけない、直面したテーマです。たとえば、2010年には70歳の男性の就業率は35%でしたが、20年には46%に上昇しており、高齢期になっても働き続ける社会が急速に到来しています。そうしたなかで、巷に出ている本では、定年後に働く人々の本当の姿が見えてこないと感じていました」
本書は、これまでボンヤリとしか分からなかった定年後の仕事の実態を公的データを基に分析。実際に働く人々にも話を聞き、仕事や暮らしなど、定年後の全体像を明らかにした一冊だ。
何といっても興味深いのは、データから浮き彫りになった「15の事実」である。たとえば年収について言うと、300万円以下が大半、と悠々自適の淡い夢を打ち砕く。定年前に下がり、定年後にもう一段低下するのは知られたところだが、定年前後以降に緩やかにかつ断続的に収入が減少していくのが実態に近いという。こうしたデータを読み解いていくと不安を感じるが、著者は定年後を過度に悲観も楽観もする必要はないと説く。
「60歳以降を悠々自適に暮らすというわけにはいきませんが、一方で、家計の支出もぐっと下がるんですね。理由のひとつは教育費から解放されること。税金や社会保険料などの非消費支出も50代では14万円もかかっていたものが、60代後半では3.7万円まで下がります。多くの人が心配する医療費負担も65歳から74歳までは月平均1.7万円程度なので、もろもろの負担は現役時代より軽くなります。だから、現役時代と同じだけ稼がなければいけないというわけではないんです」
今後、たとえ年金財政の悪化で月数万円程度が減額になったとしても、月20万~25万円の年金支給を受けている平均的な世帯だったら、夫婦で10万円ほど稼いでいればやっていけるとしている。
ほかにも平均的な60代の純貯蓄の中央値は1500万円、60代の管理職はごく少数、デスクワークから現場仕事へ、など気になる「事実」がズラリ。そんな中で意外なのは、定年を境に「仕事満足度」が急上昇している点だ。そういう人たちは、定年後に、仕事の責任や権限が縮小し、短い時間で少額の収入を得る「小さな仕事」に従事しているという。満足度は高齢になるにつれ、増える。
「元気な世代には、キャリアアップし、専門性を上げることだけが仕事だと先入観を持っている人もいます。でも、そうじゃない。年金だけに頼らず、エッセンシャルワーカーなど小さな仕事で月十数万円を稼ぐことは、社会に大きな貢献をする仕事をしていることになるのです」
本書に登場する、病院の女性看護師寮の管理人である75歳の男性もその一人。幕僚監部まで務めた経歴を持つが、今は寮の出入り管理や施設の点検などを行い、不規則な仕事の看護師を支えることにやりがいを感じ、体力がある限り続けたいと意欲的だ。
「定年後のキャリアは、健康的に体を動かし、人の役に立つ、人と穏やかにつながる仕事を無理なく続けることが重要です。今後の日本は無理のない仕事と豊かな消費生活のバランスを考えていかなければなりません」
(講談社 1012円)
▽坂本貴志(さかもと・たかし) 1985年生まれ。リクルートワークス研究所研究員・アナリスト。一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省と内閣府、三菱総合研究所を経て現職。著書に「統計で考える働き方の未来」。