「越境刑事」中山七里氏
これまで安楽死や薬害問題など、数々の社会問題を描いてきた著者による最新刊。5万部を突破した「逃亡刑事」の第2弾となる今作で題材に選んだのは、近年、世界中から強い関心が寄せられる新疆ウイグル自治区だ。本書は、ウイグル民族の現状を描いた本邦初の小説でもある。
主人公は千葉県警捜査1課の班長・高頭冴子。高身長、筋肉質の体に無駄なほどの美人顔で、“県警のアマゾネス”の異名をとる。部下の郡山とバディーを組む。
「前作では8歳の少年を守る話を描いたので、続編となる今作で冴子に守らせるのは、女性にしようと思っていたんです。じゃあ、今、守らなければいけない女性とは誰かと考えたときに、すぐに思い浮かんだのが新疆ウイグル自治区の女性でした。世界で一番抑圧されている女性といえば、そこしかありませんでしたから」
千葉市内花見川区の狭い側溝で、一人の成人男性の死体が発見された。リンチ同然の状態の死体は、やがて中国籍で、新疆ウイグル自治区出身の留学生カーリだと判明する。冴子たちは、中国政府への批判をSNSで発信していたカーリがバイト後に中国公安部に拉致された可能性が高いことまで突き止めたが、目撃情報はなく捜査は手詰まりに。
そんな中、カーリのバイト先の同僚でウイグル人女性のレイハンが、保護を求めて千葉県警を訪れる。彼女の夫は大学教授で、公安部にマークされていた。
「ウイグル自治区で起きていることを調べれば調べるほどに、とんでもないことが分かってきて、これはやばいぞ、と思いましたね。だけど描かない、という選択肢はありませんでした。ウイグルの女性を守るというストーリーにおいて、そこを描かなかったら全部が嘘になると思ったんです。ですから関連する資料やインタビュー、報道されていること、証言者の話などしっかり入れたつもりです」
作中には、レイハンの体験談として祖国で子宮内避妊具の処置をされた仕打ちをはじめとするウイグル民族の悲惨な現状、また弾圧の網を広げた人物として、ウイグル自治区の書記・陳全国らの実名も登場させており、リアル感は増す。
■ドンデン返しの帝王ならではのラストも読みどころ
物語は中盤、舞台を新彊ウイグル自治区に移す。一度は逮捕という形でかくまったレイハンが公安部に連れ去られ、冴子と郡山は彼女を奪還し、事件の真相を暴くため中国へ渡るのだ。しかし、非開放地区にたどり着いた冴子を待ち受けていたのはすさまじい拷問、女性囚人たちが受ける辱め──。エンタメ小説だが、まるでノンフィクションの様相だ。
「拷問シーンなどは実際に起きていることで、私の想像はひとつも入っていません。描いていて感じたのは、これは民族浄化だなと。文化そのものを滅亡させようとするのってエグい話ですよ。今作は読後感の良さはあえて捨てました(笑)。読者が何か引っ掛かって胸に残ればと願っています」
残酷なシーンは多いが、地政学的見地と国際情勢から導き出したというラストの展開は鮮やか。さすが、大ドンデン返しの帝王である。
「冴子は一貫して守る人として描いています。母性本能の塊で鬼子母神から悪いところを取った人物(笑)。エンタメでしか描けなかった今作、どうぞ楽しんでください」
(PHP研究所 1870円)
▽中山七里(なかやま・しちり) 1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。近著に「カインの傲慢」「ドクター・デスの遺産」「棘の家」「帝都地下迷宮」ほか多数。