最新 短編小説
「時代小説ザ・ベスト2022」日本文藝家協会編
暑さもほっと一息。過ごしやすくなってきたこの時期のお供に文庫の短編集はいかが。時代小説から、ヒットソングに想を得た作品まで、文学で異世界を体験しよう。
収録の千葉ともこ著「一角の涙」は、保身のため謀略を巡らせるものの事態が悪化し、身の破滅に至った男の末路を描く。
長く地方官をしていた孟琢は、半年前に官人の非違をあらためる御史の役目を拝命。唐の都・長安に戻り、その役目に悦に入っていた。そんなある日、一人の女が「夫が死んだ責任は、玄宗皇帝の側近・李林甫にある」と訴えてきた。女は皇帝の妃、楊貴妃の一族ゆえむげには出来ず、孟琢は実力者・李林甫のため無実の男を陥れる。計画を練ったのは、孟琢に仕える10歳の童僕・均だった。
ところが今度は、家を飛び出したまま行方知れずの長男・不欺が李林甫の暗殺を企てている事実が発覚。またもや均の巧みな計画によって窮地を脱したかに見えたが……。
ほかに、鎌倉幕府の滅亡を描いた「蓮華寺にて」(岩井三四二著)、大和の国人と戦っていた時期の松永霜台を描く「紅牡丹」(澤田瞳子著)など人気作家13人による、文庫オリジナル短編時代小説集。 (集英社 990円)
「喧騒の夜想曲白眉編vol.2」長岡弘樹ほか著
ベテランから中堅、若手までの人気作家7人による本格短編ミステリー。奇妙な謎が推理され、いずれも予想外の結末が待ち受ける。
T町の缶詰工場で事務所荒らしが起きた。工場でアルバイトをしていたエルナンドに容疑がかかっている。
先輩刑事の桐村と共にエルナンドを取り調べたところ、すべてを自供。供述に矛盾はないが、ぼくにはエルナンドが犯人とは思えなかった。別人の犯行の身代わりにみえたが、捜査は終了。そのとき、空から妙な音が聞こえた。エルナンドを探しに行ったときにも聞いた音だった。
その後ぼくは、新婚旅行で訪れたスペインで、ひょんなことから事件のカラクリに気づいた。(長岡弘樹著「巨鳥の影」)
ほか、新津きよみ著「兄がストーカーになるまで」、東山彰良著「追われる男」など収録。 (光文社 1034円)
「YUMING TRIBUTESTORIES」川上弘美、柚木麻子ほか著
松任谷由実デビュー50周年を記念したオリジナル小説集。ユーミンの名曲タイトル「あの日にかえりたい」「DESTINY」「夕涼み」「青春のリグレット」「冬の終り」「春よ、来い」を6人の女性作家が新たな物語をつむいだ。
小池真理子が描く「あの日にかえりたい」は70年代が舞台。ある日、郷里の友人ハルコを誘って大学祭に出かけたところ、友人のヒトミのいとこ・カズヒコと出会う。意気投合した3人は飲み明かし、終電を逃したカズヒコは私の部屋に泊まっていった。関係は持たなかったが、ハルコに黙っていた。しかしハルコの知るところとなり、以来疎遠に。気が付けば、私たちは古希を迎える年になった……。
過ぎ去った日への郷愁が伝わってくる青春群像劇だ。 (新潮社 649円)
「本格王2022」本格ミステリ作家クラブ選・編
本格ミステリ作家クラブが編纂した年に1度の傑作短編アンソロジー。
住宅地にある一軒家で夫婦2人が刺殺された。第一発見者は息子で、彼の話によると飼い犬のラブラドルレトリバーの姿が見えないという。
私は刑事としてではなく個人として、評判のペット探偵・江添に捜索を依頼、行動を共にする。
一方、上司の八重田は早くもある人物を加害者として疑っていた。被害者の隣家に暮らすひきこもりの息子・啓介19歳だ。彼は事件の1カ月ほど前、犬の鳴き声がうるさいとクレームを入れていた。やがて江添は犬の死体をとある場所で発見、啓介の疑いも晴れるが、ラストで刑事である私がなぜ犬を捜していたのか、意外な事実が明かされる。(道尾秀介著「眠らない刑事と犬」)
ほか大山誠一郎著「カラマーゾフの毒」、芦沢央著「アイランドキッチン」など全6編収録。 (講談社 924円)
「逆転の切り札」阿津川辰海ほか著
横山秀夫著「口癖」は家庭裁判所の調停の場が舞台となる珍しい作品。
家裁調停委員の関根ゆき江の新しい案件は、妻からの離婚の申し立てだった。調停の日、ゆき江は女性を見てハッとする。書類にあったデータを見ると、彼女は高校時代に次女をいじめていた好美であった。調停が始まると、ゆき江は厳しく好美を問いただし始める。結婚のなれそめから、離婚を望む理由……。こじれるかに見えた調停は相手方の夫の同意が早々に得られたことで決着へと方向転換。しかしゆき江は好美に夫の不貞の証拠提出を詰め寄り、2回目の調停のとき好美は衝撃の事実をつきつける。次女が不登校になったつらい記憶を織り交ぜながら、公平さを失っていく過程がリアルだ。
阿津川辰海著「六人の熱狂する日本人」ほか全5編を収めた法廷ミステリーのアンソロジー。
(朝日新聞出版 957円)