ポンコツ化する民主主義
「ヤジと民主主義」 北海道放送報道部著
いま、世界中で危機にさらされている民主主義。この体たらくをどう考えればいいのか。
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2019年、参院選挙戦のさなか、札幌市で街頭演説中の故安倍晋三首相にヤジを飛ばした聴衆がいた。「安倍やめろ」「増税反対」は悪口雑言ではない。政治家には日常茶飯のフツーのヤジだ。だが、北海道警は彼らを力ずくで排除。
この事件を追いかけたのが本書だが、よくありがちな番組内容の活字化ではない。取材の中心は報道部の新米統括編集長と、金融機関から転職したばかりの記者の2人。番組から2年後、札幌地裁は警官が表現の自由を侵害したと認定。原告は勝訴したが、その4カ月後に安倍氏は死去。SNSにはヤジ裁判の影響があるとのデマが飛び交った。
問題の根幹は権力に従うばかりの警察の体質、そして報道を取り巻く社会環境など多岐にわたる。
道警の裏金問題を内部告発した元ノンキャリ警視長へのインタビューは「治安維持のためなら、多少のことはいいじゃないかという風潮」を鋭く指摘する。
本書の美点は単なる取材記にとどまらず、ヤジ排除問題を日本社会全体の構図に置いて「民主主義とはなんなのか」を本気で問題提起しているところだろう。
「忖度」は流行語だが、実は権力へのおもねりを曖昧な笑いでごまかすコトバでもある。中央の大手メディアが右顧左眄する今日、まっとうな志を体現する良書だ。
(ころから 1980円)
「民主主義全史」 ジョン・キーン著 岩本正明訳
「世界でいちばん短くてわかりやすい」とうたう本書の著者はオーストラリアの政治学者。民主主義の歴史は西洋に始まると思いがちだが、本書によると民主主義の原型は紀元前2500年ごろの中東だったというのが現在の定説だという。文明は東から西へと広まっていくのだ。また民主主義の原点といわれる古代アテネの政治も、今日の政教分離とは違って、「世俗と宗教が密接に絡み合った」政治体制だったという。
選挙によって民主主義を運営するという形式は、ヨーロッパから西へと広まる。しかし民主主義の歴史は平坦ではなく、「急展開があり、挫折があり、大どんでん返しがあり、スローモーションの爆破シーンもあった」。
民主主義は歴史の必然というより、衆愚に陥らないための努力と幸運の結果による。
ネットがデタラメをいくらでも拡散する今日、民主主義を維持するのは容易な道ではないのだ。
(ダイヤモンド社 1760円)
「そもそも民主主義ってなんですか?」宇野重規著
ヒトラーは軍事クーデターではなく、選挙を経て独裁者の地位にまでたどりついた。トランプ米大統領の誕生もイギリスのEU離脱も、すべては合法的な手段によるもの。
そう考えると民主主義も「重大な判断を誤ってしまうことがある」という本書の問題提起はうなずけるだろう。「社会に潜在する不安や不満をすくい上げるのが民主主義の役割」でもあるからだ。しかし、誤った情報の流布には警戒しなければならない。
では、最近の中国のように民主主義は欧米型だけではないと主張するのはどうか。習近平の独裁に傾く中国は、経済発展に自信を持ち、トップダウンがいいのだというわけだ。
本書はそこには答えない。グローバル時代には民主化で誰もが豊かになれるわけではない、と指摘するだけだ。
古代ギリシャのアテネでは民会の前の評議員500人と民衆裁判所の陪審員6000人は選挙でなく、クジで決められていた。これもまたすべての市民が参加する可能性を保つうえで民主主義のひとつのやり方なのだ。
著者は政治思想で著名な東大教授。
(東京新聞 1760円)