「何もしないほうが得な日本」太田肇氏
今年の仕事始めの日、「大いにチャレンジする年にしよう」という社長のお言葉を聞いたビジネスマンは多いだろう。しかし、そうした勇ましい掛け声とは裏腹に、「ようし、仕事で新しいチャレンジをするぞ!」と心から思った日本人はどれだけいるだろうか。
「コロナ禍では公的イベントの中止や施設の閉鎖が相次ぎ、重症化リスクが小さくなったあとも、自粛は続きました。この過剰とも言える自粛の動きは、万が一があった場合の責任回避など負の誘因が多いことで起こりやすくなります。実はこのような“萎縮”は以前から日本中に蔓延していましたが、自己保身のためには挑戦などしないほうが得だという“消極的利己主義”が、コロナによって顕在化したと言えるでしょうね」
国民の消極性は、国力の低下にもつながる。日本の1人当たりGDP(国内総生産)は、1995年にはOECD加盟国の中で6位だったが、2020年には23位になってしまった。著者は2022年2月、消極的利己主義の真相を探るべく全国の10~60代以上の男女計2077人にウェブ調査を実施。その結果をもとに、日本人の“何もしない病”にメスを入れている。
「日本の多くの企業には“仕事は組織でするもの”という考え方があり、個人プレーは控えられてきました。これでは、社外からはもちろん社内でも他部署からは誰がどんな仕事をしているかが見えにくい。顔が見えなければ挑戦しても認められにくいので、意欲も湧かない。だったら“何もしないほうが得”という意識が強くなるのも道理ですね」
本書に掲載されたウェブ調査の結果には、日本人の本音と建前が赤裸々に表れている。例えば、「チャレンジ精神にあふれる新人に入ってきてほしいか」の問いには70.9%が「どちらかと言えば、そう思う」と答えている。ところが、「同僚として積極的にチャレンジする人と、調和を大事にする人のどちらを好むか」の質問に対しては68.2%もが「どちらかと言うと調和を大事にする人」と答えているのが興味深い。
「調和を大事にする人を望む主な理由は、揉め事を起こしたくない、巻き込まれたくない、空気を乱されたくないというもの。会社にはチャレンジングな人材が必要でも、同僚としては歓迎しない。頑張りすぎる人がいると、自分も同じように頑張らなければならなくなるので迷惑になるというわけです」
本書では、誰かが新しい挑戦をしても迷惑することなく、個人の挑戦を妨げない仕組みづくりも提案している。
例えば、ジョブ型雇用で仕事や役割を分化することだ。各自の分担が明確であれば、誰かが挑戦しようが休暇を取ろうが他にしわ寄せが行かない。また、“のれん分け”のように複数のキャリアプランがあることを示し、個人を組織の中に囲い込まない仕組みも挑戦を促しやすくなるという。
「“何もしないほうが得”から、“するほうが得”に変わることができれば、再び“強い日本”を取り戻せるかもしれません」
(PHP研究所 1089円)
▽太田肇(おおた・はじめ) 兵庫県出身。同志社大学政策学部教授(大学院総合政策科学研究科教授を兼任)。経済学博士。日本における組織論の第一人者として知られる。「日本人の承認欲求 テレワークがさらした深層」「同調圧力の正体」「『超』働き方改革」など著書多数。