奥野修司(作家)
3月×日 昨年は対面での取材ができなかったせいか、今年は1月から各地を飛び歩いている。そんな旅先でたまたま書店をのぞいて見つけたのが武田惇志、伊藤亜衣著「ある行旅死亡人の物語」(毎日新聞出版 1760円)。行旅死亡人とは、病気や自殺で亡くなったものの身元が判明しない死者のことだ。
興味を引かれたのは、著者と同じ若い頃に、行旅死亡人をたびたび取材したことがあったからだ。本書の行旅死亡人は、現金3400万円を残して孤独死した高齢の女性で右手の指がすべて欠けていたという。これだけでもいわくありげなドラマが展開しそうだが、本書はわずかな手掛かりをもとに、名もなき女性が残した足跡を追ったノンフィクションである。
謎の女性の過去が少しずつ詳らかになるにつれて頁をめくる手が止まらなくなる。取材の過程が描かれていることもあって、「名もなき人」の人生にどんどん引き込まれていくのだ。なぜこれほど引かれるのだろう。読み手が自分の人生を彼女に重ねるのかもしれない。
3月×日 中国ウォッチャーの近藤大介さんが書いた「ふしぎな中国」(講談社 990円)はとにかく面白い。新聞が書かない現代の中国事情があふれていて、読み始めたら止まらない。結婚や社交を恐れる若い世代から、「皇帝」習近平が支配する社会の隅々まで生々しく伝わってくる。
景気のよさそうな中国のことだから就職先に困らないはずと思ったら、なんと若年層の失業率が実に20%弱だという。中国の共産党員は習総書記の重要講話を筆記していると聞くだけでも驚きだが、代筆を防ぐために筆跡のチェックまでしているとは! 我々の知っている中国は、想像もつかない社会に変わりつつある。その一方で、IT技術を日本のはるか先まで追い越してしまった──。
あっと驚く話題がぎゅっと詰まった本書は、まるで中国を覗き見ているようで、本書から読み取れる雰囲気を知るだけでも、新聞を読む目がちがってくるはずだ。