森沢明夫(小説家)
3月×日 某新聞で連載した小説の原稿を、単行本化に際して書き直すことにした。プロローグを書き加えたり、登場人物を減らしたり、大事なシーンを書き換えたりと、なかなかの大手術だったのだが、先日ようやくその作業を終えた。〆切も、ぎりぎりでセーフ。
肩の荷を下ろしたぼくは、張り付いていた机から離れたくて散歩に出かけることに。
久々に玄関でスニーカーを履き、外に出ると、世界はまさに春爛漫! パステルカラーの空。コットンタッチの風。道端で咲き誇る雑草の花々。
やっぱり外を「歩く」のは気持ちいいなぁ……と、深呼吸をしたとき、ふと未読のままデスクの隅に放置していた本を思い出した。
「あのとき僕は シェルパ斉藤の青春記」(しなのき書房 1650円)である。著者は「歩き旅」の紀行文を得意とする(よく知る先輩)作家、斉藤政喜さんだ。
春の散歩から戻り、気分をリフレッシュさせたぼくは、さっそくその本のページを開いてみた。
内容は、いわゆる著者の半生記。山深い信州の村で幼少期を過ごした斉藤さんが、のちにプロの作家になるまでの日々が赤裸々に記されていた。
例えば少年期の淡い恋が苦学生になって再燃したり、高校時代に「一家離散」というドラマのような展開に陥ったり。
後半に行けばいくほど感情移入してしまい、ぼくはページから目が離せなくなってしまった。
少年から青年、そして大人へ。斉藤さんは「絶望」のなかを歩くときでさえ思考のベクトルをポジティブに向け、苦難を乗り越えてきた。そしていま、夢を叶えてプロの紀行作家になったのだ。
人生に迷いがある人が本書を読めば、斉藤さんの生き様に背中を押され、大きな一歩を踏み出せるかも知れない。そんな「人生の応援本」だ。
さて、本書を読了したぼくは、部屋の窓から春空を見上げ、旅する先輩作家を憶った。久しぶりに連絡して、一献お付き合い頂こうかな……、なんて考えつつ。