核戦争のリアル
「ルポアメリカの核戦力」渡辺丘著
ヒロシマ出身の首相がミサイル防衛の旗を振る日本。他方、世界が恐れるのは膠着したウクライナ情勢でプーチンが「核のボタン」に手をかけることだ。
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「ルポアメリカの核戦力」渡辺丘著
いまでも世界一の核大国はアメリカ。オバマ政権が「核兵器なき世界」を訴えたのは就任当初だけ。結局、8年間の在任中に今後30年にわたって1兆ドルを投じる核兵器の近代化計画を進めた。トランプ政権はこれを増額、さらに軍拡を進めた。バイデン政権は未知数だが期待はできない。本書は朝日新聞特派員の著者によるアメリカでも少ない核戦力基地の現地ルポだ。
モンタナ州やルイジアナ州の空軍基地を訪れ、核ミサイルや発射訓練などに立ち会いつつ司令官らにも取材。見えてきたのは冷戦期からのまま老朽化した諸設備や兵器の現状。その「近代化」は新たな経済需要を見込めるとして地元で歓迎されているという。反対の住民もいるが少数派だ。
本書によるといまの核戦略の主力は海軍、特に戦略原潜だ。米側は極東防衛の同盟国・日本にも核原潜の内部を見学させるなどして協力体制を強固にする一方、海軍基地の近くに住む退役した元艦長は冷戦期の核抑止戦略をそのまま続けることに反対の意思を示したという。
本書は最後にプルトニウム製造の地元で「ヒバクシャ」になったアメリカ市民や広島で活動を続ける日米市民の声を届ける。小さくとも人間の声を届けるジャーナリストの気骨の表れだ。 (岩波書店 924円)
「ソ連核開発全史」市川浩著
「ソ連核開発全史」市川浩著
アメリカに次ぐ核大国といえばロシア、その原型はソ連だ。米ソの軍拡競争で核兵器は結局温存されたのだ。本書は広島大のソ連・ロシア研究者による、初の“核のソ連史”。
その開発史はナチ・ドイツの隣国侵略と同時期に科学アカデミーの主導で始まり、独自に高度な域に達した。ヒロシマ・ナガサキで米国に先んじられるとソ連は本腰を入れ、49年に初実験に成功。米ソの格差を「20年」と見込んでいたアメリカは驚愕し、ここから必死の核軍拡競争が始まった。
著者は歴史家の責務を、現状に問題をもたらした「つまずきの原点」を探ることだという。新書ながらも重厚な通史の本書はまさにその仕事を果たしている。 (筑摩書房 946円)
「スティーブ&ボニー 砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ」安東量子著
「スティーブ&ボニー 砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ」安東量子著
広島に生まれ育ち、福島県いわき市で夫と植木屋を営んでいた著者が「3.11」を経験。原発事故後にボランティア団体「福島のエートス」を立ち上げ、第1原発から30キロ圏内にある地区の放射線量の計測を自分たちで始めた。
そんな中で世界各国からやってくる放射線研究の専門家たちと交流が生まれ、アメリカの核開発の拠点だったところで開かれる国際会議になぜか招かれる。英語も話せない私がなぜ? と驚きながら現地に飛んだ著者の体験記が本書だ。
スティーブとボニーは自宅に泊めてくれたホスト夫妻。ひとりの生活者としての実感と思いを大切にする著者は、もし原子力が平和利用から始まっていたらと夢想する。
しかし「私たちは、原子力が大量破壊兵器として生み出され、それが実戦利用され、人類史を揺るがす破壊力と、無惨に殺された人びとの姿を目撃したのち、平和利用へ転化した世界を生きるしか選択がなかった」。
深い読後感をもたらす異色の長編エッセー。 (晶文社 1980円)