陰謀論の感染力
「情報パンデミック」読売新聞大阪本社社会部著
コロナの感染拡大で一気に広まったのが「陰謀論」。ネットならではの感染力で現代社会はいまや回復不能か……。
読売の大阪社会部といえば徹底した現場取材で知られた記者集団。本書はコロナ禍で一気に広まった陰謀論を追いかけたルポだ。
「新型コロナは国際詐欺」「ワクチンは製薬会社の人体実験」などの主張がネットの中だけならまだしも、休業を迫られて苦境に陥った飲食店の店主がネットの陰謀論にハマり、「マスク入店お断り」を声高に主張して常連客とも袂を分かってしまった。そもそもマスコミの取材に対しても疑い深く、露骨な嫌悪を示すのが陰謀論に染まった人の特徴のようだ。
コロナ陰謀論の信者はトランプ支持者と同じように見られがちだが、本書によれば代議士や医師、塾講師など、総じて高学歴者が多い。彼らが開く「記者会見」も出席者の大半が陰謀論の支持者であるなど、この点でもトランプの支持者集会と似ているのは暗示的だろう。なぜそんな世の中になってしまったのか。
取材は陰謀論を信じこんだ人々のほか、謎を解き明かそうとする研究者たちにもおよぶ。ネットはかつて言論のユートピアのように期待されたものだが、いまや「情報汚染」の泥沼と化した。それでも社会は付き合っていかないといけない。
安易な楽観論にすがらず、社会の実相を見極めようとする社会部記者たちの奮闘の成果だ。 (中央公論新社 1870円)
「デマ・陰謀論・カルト」物江潤著
片時もスマホを手放さない現代人。スマホに表示されると、半信半疑の話でもいつのまにか心底信じてしまう「スマホ教」。
松下政経塾出身で社会時評家の著者はスマホ教信者の境地をたくみに描く。世俗の人々からすれば、“真実”に目覚めたスマホ教徒たちは異常そのもの。コロナ陰謀説などを唱えて友人や家族に疑いの目で見られ、時には関係が崩壊することも。
しかし彼らはネットに安息の場を求め、そこのつながりを得て「傷を負うほど光り輝く」。それは、カルト教団と同じだと喝破する。スマホ教はスピリチュアル系との親和性が高い。特にコロナの蔓延の影響で、それまでの偏狭な思想性ではなく「明らかにスピリチュアルの度合いが濃くなって」いるという。
その危うさを著者も共有しながら警鐘を鳴らしている。 (新潮社 858円)
「アルティメット・エディション」阿部和重著
世界中をまきこんで人びとを翻弄してきたコロナ。グローバル化の行き着く果てとも思えるこの事態を前に文学にはなにができるのか。本書はその困難さにあえて挑んだ気鋭の作家の新作。
陰謀論小説はオーウェル「1984」をはじめ、過去に多数ある。しかしコロナ陰謀説が実際に流布する中で文学がそこに加担するわけにはいかない。本書が挑むハードルは高いのだ。
そこで、作家が繰り出したのが短編連作形式。ひとつずつが独立した話だが、各章のあいだにケミストリーを起こそうとしたわけである。
ロシアの特殊部隊員らしい男がモノローグで語る冒頭の短編は、さながら国際謀略サスペンス映画のような緊迫感。ちょっと文体が崩れただけでありきたりなミステリー小説になりかねないところを、ギリギリ踏みとどまってその後を期待させる。小説というよりバンドのアルバムのように、先立つ短編の響きが後の作品の読後感にかぶってくるという周到な計算が働いているのだ。
手あかのついた陰謀ストーリーを拒否し、陰謀論に踊らされる現代の不安定さをすくいとった野心作だ。 (河出書房新社 1892円)