「裸の大地 第二部犬橇事始」角幡唯介著
「裸の大地 第二部犬橇事始」角幡唯介著
自分で橇を引いて北極圏を旅してきた探検家・角幡唯介が、4年前に犬橇を始めた。以後毎年、グリーンランド北部で長期の狩猟漂泊行を続けている。なぜ犬橇なのかというと、人力橇では神出鬼没の海豹(アザラシ)を取り逃がしてしまうからだ。
近代的文明人である著者が、イヌイット文化の産物である犬橇を扱うのは容易ではない。地元民から1頭また1頭と買い集めた犬たちはそれぞれに個性を発揮しまくり、チームワークもへったくれもない。喧嘩、ボスの座をめぐる派閥抗争、繰り返される暴走。1年目は泥沼の日々だった。
「アハ(ついてこい)」「アイー(止まれ)」「デイマ(行け)」「ハゴ(左)」「アッチョ(右)」
犬たちは指示を理解していないのか、それとも無視しているのか。「アハ、アハ!」と先導してもついてこないし、鞭を振りかざして「アイー、アイー!」と絶叫しても止まらない。行きたい方に勝手に走り出す。
「左だっつってんだろ、この野郎! ハゴ、ハゴ、はごぉっ!」
氷点下30度の寒さの中では怒鳴るだけで息が切れる。悪戦苦闘の合間に、木製の橇をはじめとする装備を自作。こうして、犬橇ビギナーと寄せ集めの犬による「チーム角幡」が少しずつ形を成していった。場数を踏むうちに人も犬も少しずつ成長し、ギザギザの固い雪面や乱氷を乗り越えて、遠くまで走れるようになった。そしていよいよ海豹のいるフンボルト氷河近海へ……。
北極と犬橇にはまった探検家は、幸いなことに作家でもあるので、私たちは本作を介してその冒険の一端をワクワクしながら追体験できる。犬とかかわることの面白さと厳しさ、土地と調和する喜び、狩りの厳粛な緊張感。始原的ないとなみの中に、人間の幸福感の根源が見える。そして、文明化と引き換えに人間が失ったものの大きさを思い知る。
(集英社 2530円)