震災の人災
「関東大震災と民衆犯罪」佐藤冬樹著
「喉元過ぎれば」はニッポン人の国民性? 関東大震災100年を一時のニュースで終わらせないのが重要だ。
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「関東大震災と民衆犯罪」佐藤冬樹著
関東大震災の直後、首都圏で朝鮮人虐殺などの事件が相次いだことは近年ようやく知られるようになってきた。直近では森達也監督の映画「福田村事件」も話題になった。それでもまだ認識は浅い。専門の学者でさえ実証の手がかりに欠けると及び腰だ。
本書は部落差別問題に長年関心を寄せてきた著者が、独自の調査をもとに書き上げた「民衆犯罪」の歴史。従来の研究では公的権力が在郷軍人会や青年団などを動かし、自警団をそそのかしたのが虐殺事件と位置付けた。
しかし、著者は権力と民衆の間には複雑な「共犯-対抗」関係があるという。国家を主犯、民衆を従犯として、虐殺に走った民衆は権力に動かされた被害者だとする解釈では不十分としたのだ。警察は民間の消防組を「民衆警察」の中核とし、「自警自衛」意識を植え付け、彼らが虐殺の自警団の主力となった。これらの実態を著者は綿密な調査によって明らかにした。
著者は歴史学の専門知識はないと述べるが、少年時代、部落出身者が冤罪で摘発された事件の被疑者支援闘争に関わって以来、権力に「あやつられ、だまされた民衆」という図式には常に疑いがあったという。
民衆史は在野の志と共にあることを自力で証明した労作。
(筑摩書房 1980円)
「首都直下大地震国難災害に備える」目黒公郎著
「首都直下大地震国難災害に備える」目黒公郎著
地震の専門家といっても予知から公的政策まで幅広い。本書は東大の総合防災情報研究センターの所長による、来たる東京大地震への備えへの提言。災害発生のメカニズムから総合的な対策、リスク管理、復興までを具体的に広く論じた点で同時期の類書の中でも出色といっていいだろう。
中には常識に反対する議論もある。たとえば3.11の際、津波被害で防潮堤などが「想定外」で役に立たず、1万8000人の死者・行方不明者が出たというので批判が強かったが、実は割合では全体の3%の損失。あの規模の津波で生存率97%は例外的な高率という。
また、首都圏地震への対策には人材の地方分散も有効とする。優秀な人材は首都圏に集中しがちだが、都道府県よりも広域の道州制の規模であれば、すぐれた人材が地方で職を得ることが考えやすくなる。
安穏と座して待つわけにはいかない震災対策。短期、長期どちらの視野もおろそかにしない提言は傾聴に値する。
(旬報社 1760円)
「天災か人災か?」泉康子著
「天災か人災か?」泉康子著
近ごろニュースでよく聞くのが、高齢クライマーの遭難。しかし本書は、高齢を迎えた女性クライマーでもある著者が、かつて雪山で仲間を亡くした悲劇を念頭に、雪山での遭難は実は「自然災害」ではないと検証・取材したノンフィクションだ。
1989年、長野県の高校山岳部の顧問と部員らを対象とした雪山訓練で遭難事故が発生。報告では天災と結論されたが、犠牲になった若手教員の母親は納得せず、亡き息子の友人とともに真相解明に取り掛かる。
結果、明らかになったのは、事故の真の原因が積雪に無理なストレスをかける訓練方法にあったことだった。これを元に3年後に裁判が起こされ、5年後、原告側の勝訴に終わった。
本書はこの過程を取材しつつ、クライマーでもある著者が「雪解けの季節は雪がゆるんで雪崩が起こる」との通説を自分も無条件に信じ込んでいたと反省する過程をも織り込んでいる。そんな二重の仕掛けを通して、人の認識の盲点をつく力作ノンフィクションだ。
(言視舎 2750円)