思考に触れる!ミュージシャンエッセー特集

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「じじぃは蜜の味」財津和夫著

 数々の名曲で私たちに感動を与えてくれるミュージシャン。その頭の中はどうなっているのかをのぞき見できるエッセーをご紹介する。老いの楽しみ方から言葉選びの極意、社会課題への向き合い方など、さまざまな思考に触れる4冊だ。



「じじぃは蜜の味」財津和夫著

 1971年にチューリップを結成し、ソロ活動でも多くのヒット曲を発表してきた著者も75歳。今だから分かる“老い”の面白さを語る。

 若い頃は年寄りになることが怖かったという。走れなくなることや冷たい水をがぶ飲みできなくなること、恋ができなくなることなどを想像して不幸な未来しか見えなかったのだ。

 ところが現在、そんな予想は裏切られているという。表象事実は想像していた通りだが、“惨めな思い”は見当たらない。できないことが増えても、できないこと自体に苦しみはなく、無駄なものをそぎ落として気分はむしろ快々だと著者。しかし、若者にはそんなことは教えずに、弱者を装ってやろうともくろんでいるとか。

 韻を踏むのに役立つダジャレを磨いて歌曲づくりにいそしんだり、ラーメン屋で流れるジャズのBGMに物申したりと、“じじぃ”になったからこそ楽しめる音楽と人生をつづるエッセー。

(中央公論新社 1650円)

「さだまさしから届いた見えない贈り物」松本秀男著

「さだまさしから届いた見えない贈り物」松本秀男著

 さだまさしの高校の落研の後輩で元マネジャーの著者が、“さだまさし本人も知らないさだまさし”の気くばりや言葉の選び方の極意を紹介。

 著者いわく、さだまさしは「ほめる」ことの達人だという。それも、「価値を発見して伝える」のがさだまさし流だ。

 例えばマネジャー時代のこと。食事の注文の際に「いつものでいいですか」と尋ねたところ、返ってきた言葉が「わかってるねぇ、君は!」。「うん」や「いいよ」で済むところにひとつ、うれしくなる言葉をくれる。簡単なようでなかなかできることではない。将来に悩む高校生には、「人生80年。80個のビー玉があったとして、ふたつやみっつ失くしたって誰も気づきやしないだろう?」と声をかけたという。人生とは手のひらからこぼれだすほどの美しいビー玉を集めていく旅。まぁ、2、3個どこかに置いてきてもいいじゃないかというのだ。

 ほめる達人の言葉選び、見習いたい。

(青春出版社 1650円)

「車のある風景」松任谷正隆著

「車のある風景」松任谷正隆著

 JAFの機関誌「JAF Mate」の大人気エッセーの書籍化。

 妻である松任谷由実の「中央フリーウェイ」という名曲を知る人は多いだろう。しかし、この曲を聴いて著者が思い出すのが“悪臭”だという。

 それはふたりが結婚前のこと。当時、田町でレコーディングを行っていた彼女を八王子まで車で送っていた。甲州街道を走り、調布の入り口から中央高速へ……。歌の通りの世界だが、著者が乗っていたのは母親が無理な右折で大きなへこみをつくったウンコ色のマークⅡだった。

 あるとき、彼女が当時はやっていた納豆スパゲティを作ってきてくれた。しかし、車の中でタッパーを開けたところ手が滑り、納豆がすべてセンターコンソールとシートの間へ! 腕まくりをしてヌルヌルをかき出すも取り切れず、エンジンをかけた途端にヒーターのダクトで残りの納豆が温められ、車は猛烈な悪臭で満たされたという。

 あの名曲にこんな逸話があるとは、知りたくなかったような……。

(JAFメディアワークス 1980円)

「朝からロック」後藤正文著

「朝からロック」後藤正文著

 ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカルとギターを担当する著者による、朝日新聞連載エッセーの書籍化。

 東日本大震災から間もない頃、著者は有機栽培を志して福島に移住した農家を取材したことがあった。そこで心に残ったのが、「安心と安全は違う」という言葉だった。

 放射性物質について科学的に安全だという事実があっても、心理的な問題である安心までは満たせない。この問題を被災地の住民にだけ押し付けることはフェアではなく、電力の大消費地である東京をはじめ公共の負債として背負うのが筋であると説いている。

 ウクライナのロックバンドが市民や兵士に音楽を届けているニュースにも言及。これを単なる美談として消費してよいのかと疑問を呈する。大切なのは音楽が戦場を和ませることではなく、どんな音楽家にも演奏する場があること。

 出来事のひとつの面だけを見るのではなく、背景にある複雑な課題にも目を向けるべきだと教えられる。

(朝日新聞出版 1980円)

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