「神と黒蟹県」絲山秋子著
「神と黒蟹県」絲山秋子著
3市4町2村を擁する黒蟹県という架空の土地を舞台に紡ぐ8編から成る連作短編集。そこに住まう人々と地域の関係を、人と神様の視点で交互に描いていく。
「忸怩たる神」で描かれるのは、灯籠寺市。主人公は中年男の姿で暮らす神で、蕎麦屋の常連でもある。神といっても半知半能で、味オンチときている。
ある日、神は蕎麦屋の息子でヤンキーの蓮翔(れんと)の車に乗せてもらい「星字峡(せいじきょう)」という渓谷を見に行く。途中、蓮翔から灯籠寺市のきんつばファンと紫苑市(しおんし)の落雁ファンが何百年にもわたって対立していることや、入り口がない異世界コンビニなど地元情報を教えてもらい、「何でも知っているつもりでいたが、今日は分からないことばかりだった」「俺は無知なる者だ」と忸怩たる思いになる。
人事異動で県外から紫苑市に転勤になった女性、地元テレビ出演のために訪れたミュージシャンなど、1話ずつは独立しているが緩やかにつながりながら、最終章「神と提灯行列」へと進んでいく。姿形を変えながら黒蟹県で過ごしてきた神は、時に人間を気の毒に思うが、一方でいじましさに気が付く。
人々の限りある人生の「かけがえのない日々」へのいとおしさが、神のまなざしから浮かび上がってくる。
(文藝春秋 1980円)