「法隆寺と聖徳太子」東野治之著
「法隆寺と聖徳太子」東野治之著
聖徳太子及び法隆寺については、古来さまざまな伝説が生まれ、推論がなされてきた。有名なのは明治30年代の法隆寺再建非再建論争だ。「日本書紀」には法隆寺は670年に焼失したとあり、この記事を巡って再建論派と非再建論派の間に激しい論争が起こった(その後、創建法隆寺の跡が発掘され再建論が実証された)。
1972年に刊行された梅原猛の「隠された十字架」は、法隆寺は聖徳太子の怨霊を封じ込めるための寺院だという大胆な説を打ち出し、一般読者の大きな反響を呼んだ(専門家は反論あるいは無視)。近年では聖徳太子の存在そのものに疑義を呈する説も登場するなど百家争鳴の状態が続いている。
本書は、「何が事実なのかを確かめていくことこそ重要」だという観点から、既存の史料に加えて新史料にも光を当て、聖徳太子と法隆寺の真実の姿に迫ったもの。
著者は、太子の伝記でもとりわけ重要な「上宮聖徳法王帝説」の注解をし、太子信仰の根本史料「太子伝古今目録抄」の自筆本翻刻にも携わっている。
内容は、法隆寺の縁起と動産・不動産の記録を記した「資材帳」の読み方、金堂壁画のインド美術の影響、太子信仰の変遷、2歳の太子が「南無仏」と唱えると、拳から仏舎利がこぼれ落ちたという「南無仏舎利」伝承の成立、東院舎利殿の障子絵など多岐にわたる。中でも、金堂壁画に見られるインド風の造形に亡命百済人が大きな関与をしていることや、法隆寺の再建にあたって光明皇后をはじめとする女性たちの太子信仰が大きくあずかっているという論証は目を開かされる。
事実と伝承・伝説を仕分けし、現時点での研究の最前線が示され、極めて有用だが、実証的なだけに専門性も高く、読みこなすには歯応えたっぷり。もう少し平易なものをという人には同じ著者の「聖徳太子 ほんとうの姿を求めて」(岩波ジュニア新書)がおすすめ。 〈狸〉
(岩波書店2970円)