「不機嫌な英語たち」吉原真里著
「不機嫌な英語たち」吉原真里著
先日、トークイベントでこんな質問が飛んできた。「金井さんは海外で取材をしますが、外国語はいくつできるんですか?」。正直であるべきだと力んだ結果、わたしは正直に答えすぎた。「外国語はできないので、金で解決しようと思っています」って、成り金か。
語学を身につけて海外取材に生かせたらと夢見た時期もあった。しかし人生は短く、この世は役割分担だ。自分で語学を習得するよりも、語学の達人に通訳費をお支払いしたほうが絶対にいい。なにより通訳者とのやりとりが楽しい。そう気づいた日から「外国語は金で解決」の方針である。
さて本書はハワイ大学教授の吉原真里さんがつづった「半自伝的私小説」。親の転勤で突然カリフォルニアの小学校に放り込まれた少女時代のすごーく意地悪な気持ちの揺らぎも、ベトナム出身の男性といくつもの場所と時間を重ねていく恋の物語も、生々しくてドキドキする。固有名詞や大事なセリフが英語になっている仕掛けは新鮮でリアル。でもこれはエッセーではなく私小説という枠組みだから書けたのかも、と想像しながら満喫した。
もっとも心に残った章は「ニューヨークのクリスマス」。友人たちと出かけたニューヨークでちょっとしたトラブルに見舞われ、意に染まない通訳をさせられた顛末を描いた一編だ。おそらく通訳を経験したことがある人なら、この悲しみに覚えがあるのではないか。
わたしが咄嗟に口走った「金で解決」という表現の下品さと暴力性を改めて思う。ふたつの言語を使いこなすとき、その人は双方の立場の板挟みになる。その奥行きこそが本書の読み応え。(晶文社 1980円)