著者のコラム一覧
金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「運び屋として生きる」石灘早紀著

公開日: 更新日:

「運び屋として生きる」石灘早紀著

 基本、行き当たりばったりで生きている。あれは一昨年の冬。モロッコの言語を研究する老教授からメールが届いた。「しばらくモロッコに滞在するから、よかったら訪ねておいで」。わたしは二つ返事で「行きます」と答え……自分でもすごいと思った。

 なにがすごいって、このときわたしはその教授と面識がなかったのだ! メールのやりとりしかしていなかった相手を唐突に旅に誘う教授も教授だけど、乗るわたしもわたしだ。

 彼の滞在地がフェスやマラケシュといった有名観光地ではなく、スペインから海峡を渡り国境を越えてすぐの小さな街だったので興味を引かれた。アフリカとヨーロッパの境目を見てみたい。と、のんきに出かけたのだった。

 あの旅で往来した国境が本書の舞台。著者は新聞記者、在モロッコ日本大使館勤務などを経験した若き国際社会学者だ。アフリカと欧州、イスラム教とキリスト教、貧困と裕福の境目で物を運搬して日銭を稼ぐ(おもに)女性たちの姿が丁寧に描かれる。

 大きな荷物を担いで国境を行き来する重労働になぜ女性が従事しているのか。違法行為を見逃す両国政府の思惑はなんなのか。商売が成立するときそこに群がるのはどういう人なのか。わたしが興味津々に通過したあの国境で起きていたのはこういうことだったのか! と目が覚める思いで一気に読んだ(わたしが訪ねたのはコロナ禍の国境封鎖が解かれたあとなので状況は変わっていたかもしれない)。

 終章に書かれた調査する側とされる側の非対称性のはなしが刺さる。のんきな旅ができる自分の特権性をじっと見る。

(白水社 3080円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…