「運び屋として生きる」石灘早紀著
「運び屋として生きる」石灘早紀著
基本、行き当たりばったりで生きている。あれは一昨年の冬。モロッコの言語を研究する老教授からメールが届いた。「しばらくモロッコに滞在するから、よかったら訪ねておいで」。わたしは二つ返事で「行きます」と答え……自分でもすごいと思った。
なにがすごいって、このときわたしはその教授と面識がなかったのだ! メールのやりとりしかしていなかった相手を唐突に旅に誘う教授も教授だけど、乗るわたしもわたしだ。
彼の滞在地がフェスやマラケシュといった有名観光地ではなく、スペインから海峡を渡り国境を越えてすぐの小さな街だったので興味を引かれた。アフリカとヨーロッパの境目を見てみたい。と、のんきに出かけたのだった。
あの旅で往来した国境が本書の舞台。著者は新聞記者、在モロッコ日本大使館勤務などを経験した若き国際社会学者だ。アフリカと欧州、イスラム教とキリスト教、貧困と裕福の境目で物を運搬して日銭を稼ぐ(おもに)女性たちの姿が丁寧に描かれる。
大きな荷物を担いで国境を行き来する重労働になぜ女性が従事しているのか。違法行為を見逃す両国政府の思惑はなんなのか。商売が成立するときそこに群がるのはどういう人なのか。わたしが興味津々に通過したあの国境で起きていたのはこういうことだったのか! と目が覚める思いで一気に読んだ(わたしが訪ねたのはコロナ禍の国境封鎖が解かれたあとなので状況は変わっていたかもしれない)。
終章に書かれた調査する側とされる側の非対称性のはなしが刺さる。のんきな旅ができる自分の特権性をじっと見る。
(白水社 3080円)