「ピロスマニ 放浪の画家と百万本の薔薇」ギオルギ・ガメズ著、児島康宏訳
「ピロスマニ 放浪の画家と百万本の薔薇」ギオルギ・ガメズ著、児島康宏訳
わたしは外国語が好きだ。でもまともに話せたり読み書きできる言語はひとつもない。ただのひとつも! じゃあ何が好きなのかというと、まずは音だ。タイ語のまろやかな抑揚、フランス語の喉から出る音、ズールー語(南ア)の舌をカチカチ鳴らす音……。わたしは外国語の会話を聞いて、意味はまったく拾えないのに音にうっとりしているのだ。もうひとつは文字。アムハラ語(エチオピア)とかビルマ語(ミャンマー)とか、ぜんぜん読めないのに文字を見るとうれしくなるのはなぜだろう。
さて「世界かわいい文字選手権」で上位に食い込むと予想されるのがジョージアのグルジア語。日本に紹介されるグルジア語の映画や物語には必ず児島康宏さんのお名前がある。文法がやたら難しいらしいグルジア語の第一人者だ。今回ご紹介するグラフィックノベルの翻訳ももちろん手がけている。
主人公はかの国の「国民的画家」ピロスマニ。その素朴な画風、貧しさのなかで生涯を終えた運命、そしてロシアの歌謡曲「百万本のバラ」に歌われた、かなわぬ恋のエピソードで知られる。本編はわずか80ページの短い漫画だが、ピロスマニという画家の孤独がじんわり伝わってくる。実らぬ恋の物語なのに、なんとなく明るいのもいい。恋が成就するかどうかよりも、人を好きになれるかどうかのほうが大事なのかもしれないなぁなんて思えてくる。
最終盤に「サルバドールとも飲んダリ」というセリフが出てきて、この駄洒落はなんだ? と思ったら、訳者あとがきでちゃんと種明かしがしてあった。これぞ外国語のおもしろさ。
(書肆侃々房 2200円)