「ライチョウ、翔んだ。」近藤幸夫著
「ライチョウ、翔んだ。」近藤幸夫著
2018年7月、中央アルプスの木曽駒ケ岳山頂付近にライチョウのメス1羽が突如現れた。これはどういうことだろう。中央アルプスのライチョウは半世紀も前に絶滅したはずだ。
後に「飛来メス」と呼ばれるようになるこのライチョウは、環境省が取り組んできた保護増殖事業を大きく前進させる契機となった。ライチョウ復活に全身全霊で挑む鳥類学者・中村浩志の熱血指揮のもと、中央アルプスにライチョウをよみがえらせる「復活作戦」が動き出した。
飛来メスの行動を調査した中村は、前代未聞の作戦を立てる。北アルプスの乗鞍岳で野生のライチョウの有精卵を採取し、中央アルプスに移送して、飛来メスが産んだ無精卵と入れ替えて孵化させようというのだ。大自然相手の大胆かつ緻密な計画は実行に移された。飛来メスは予測通りに抱卵し、およそ3週間後、5羽のヒナを連れた姿が確認された。無精卵を抱き続けていた飛来メスは、やっと母鳥になれたのだ。ところが、ほどなくヒナは全滅。巣の近くでニホンザルと遭遇したことが原因だった。自然はおいそれと人間の願いを聞き入れてはくれなかった。
雪辱の2年目。作戦は大規模になった。卵入れ替え作戦に加え、乗鞍岳のライチョウ3家族をヘリコプターで木曽駒ケ岳に移送し、個体群をつくって増やす。目標は100羽。ライチョウ絶滅の地、中央アルプスで奇跡は起こるのか。ふわふわした可愛いヒナがテンやキツネに襲われはしないか。読者はハラハラしながら見守るしかない。
著者は山岳ジャーナリスト。朝日新聞の長野総局時代に中村と出会い、取材者というより調査活動を手伝う作業員としてライチョウ復活作戦に深く関わった。その一部始終を記録した本作は、人間と飛来メスが起こした奇跡の物語だ。飛来メスは、人間の傲慢を戒め、貴重な自然を次世代に残すために遣わされた「神の鳥」なのかもしれない。 (集英社インターナショナル 2200円)