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「縁辺労働に分け入る」浜矩子、雨宮処凛、清水直子著

「しごと」の喜びは薄れ、「労働」のつらさばかりが身に染みるインフレの夏、ニッポンの夏……。

  ◇  ◇  ◇

「縁辺労働に分け入る」浜矩子、雨宮処凛、清水直子著

「縁辺」と書いて「えんぺん」と読む。「すなわち端っこだ。崖っぷちだ。最果てだ。これ以上追いやられると、奈落の底に転落するほかはない」と本書は冒頭から威勢がいい。

 だが、それはもちろんコトバだけ。話の中身は、現代の労働環境が使い捨てのたまり場と化しているという危機感をあらわにしている。例えば1970年代から80年代前半生まれのいわゆる「ロスジェネ世代」は、就職氷河期、派遣法改正、リーマン・ショック、東日本大震災に次々見舞われ、気づくと非正規雇用のままいつしか40代50代。

 それが女性ならなおさら。非正規のままシングルで過ごし、あるいはシングルマザーとなり、中には若くして親の介護の責任を負うヤングケアラーになった例も少なくない。特にサービス業はコロナ禍の打撃が大きかった分野だが、わけても飲食・宿泊関連は働き手の6割以上が女性なのだ。

 本書にジェンダー視点が強めに入っているのは、著者3人がすべて女性だというだけでなく、プレカリアート(不安定なプロレタリアート)問題に長年取り組んできた面々であることも関係しているだろう。縁辺労働者は孤立しており、それが疑心暗鬼を呼んで、縁辺どうしでかえって分断してしまうという鋭い指摘。威勢よく志高い現代社会批判だ。

(かもがわ出版 1870円)

「仕事と人間(上・下)」ヤン・ルカセン著 塩原通緒、桃井緑美子訳

「仕事と人間(上・下)」ヤン・ルカセン著 塩原通緒、桃井緑美子訳

 堂々上下2巻。しかも合計で900ページを超える大冊だ。著者はオランダの歴史学者。労働史が専門だ。

 ふつう歴史学者は研究対象をどこか特定の時代に決めるものだが、本書はなんと70万年前にさかのぼり、本書上巻のおよそ半分強を費やして紀元500年前までをたどる。まさに壮大な文明史だが、史料もろくにない紀元前をどう書くのか。

 それを可能にする視座が「家事」への注目だ。自分と家族の生存のための労働は、長らく生産労働とは区別されてきた。今も家事を賃労働と同じレベルで見る向きは少数派だろう。しかし、著者は家事をすべての仕事の基盤と考え、家族という小さなコミュニティーから、より多くのコミュニティーへと人間と労働の場が広がってきた過程を雄大にたどる。

 上巻では古代から18世紀の終わりまで。下巻は産業革命が進展する19世紀から現代までという構成だ。労働に喜びを見いだし、他人と協調協力する楽しさをおぼえ、さらに労苦ができるだけ公平になることを求める。これらは人類のDNAとして古代から受け継がれてきたのだ。

(NHK出版 各3520円)

「働くということ」勅使川原真衣著

「働くということ」勅使川原真衣著

 現代人の多くは「法人組織」で生きている。一個の法的人格となった組織の中で、他人と協調しながら労働にいそしむ。ところがそれがストレスだらけなのが日常。本書は、大学院で教育社会学を専攻した著者が外資系企業での現場をへて組織開発のコンサルティング会社を立ち上げた経験をふまえた労働論。

 特徴は、クライアントの相談を受けたときの実際のやりとりを紙上に再現していること。たとえば某社の営業企画部長が、求める水準の人材が得られないと悩みを打ち明ける。その際の口調のはしばしまで記述しながら、クライアントの中にある「理想の労働」の問題点をあぶりだしていく。

 読者にとっては、いわばシミュレーションのように、実例を通して現代人にとって「労働」や「能力」「自己責任」などがどんな圧力になっているかが実感されるわけだ。

(集英社 1078円)

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