五輪じゃないパリ
「パリの『敵性』日本人たち」藤森晶子著
いよいよ迫ったパリ五輪。だが実は書店には、オリンピックとは無関係のユニークなパリ本が案外多いのだ。
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「パリの『敵性』日本人たち」藤森晶子著
第2次世界大戦中、パリを占領支配したナチスが敗れた後、パリや全土では親独派のフランス人がつるし上げられ、女性は丸刈りでさらし者の辱めを受けたことが知られている。しかし、実はパリには、ドイツの同盟国民だった日本人が10人ほどいたことは知られていないだろう。本書はそんな歴史の裏面に光を当てたルポルタージュ。
終戦当時、パリにいた日本人の中の最大の大物は薩摩治郎八。芸術家のパトロンとしてフランス政府から叙勲されたほどだが、一時拘束されたという。その尽力でいち早く釈放されたのが画家の長谷川潔。彼はドイツ占領下でも親仏を貫き、ドイツ人には請われても絵を売らなかった。
本書はこうした著名人ばかりを対象としているわけではない。たとえばフランスの植民地だったアルジェリアの独立を支援した淡徳三郎。彼はドイツの占領に対抗する反独フランス人勢力を「レジスタンス」として日本に紹介した最初の人物らしい。実はドイツ占領下のパリの日本人社会では、自分たちを脅かす可能性のある反独勢力を「叛徒団」「謀反組」などと呼んでテロリスト扱いしていたのだ。
自分だけが収監を免れようとひきょうなふるまいに走った日本人も少なくなかったなど、見逃せない史実が多数明らかにされている。
(岩波書店 2420円)
「パリから見た被災の世紀」竹原あき子著
「パリから見た被災の世紀」竹原あき子著
パリの被災といえば忘れられないのがノートルダム大聖堂の大火災。パリ在住の著者は火災の前日、ふと大聖堂に立ち寄っていたという。振り返ると室内はいくつか灯火が消えて薄暗く、電気系統に障害があったのではないかとも思われたらしい。本書はこの悲劇から始まって東日本大震災の福島やコロナ禍、欧州各国に押し寄せる難民の話へと広がってゆく。
実は大聖堂は、フランスでも同情の集まった3.11東日本大震災や米9.11同時多発テロの追悼式が営まれた場所でもあった。また火災後に集まった寄付金は驚くほど迅速かつ高額なものだったという。フランスでは寄付金の66%が税控除されるため、金持ちが競って税金のがれに走っているとの批判もあったほど。
本書の後半はパリにも多いアフリカやアジアの難民の話が多くを占める。ベトナム戦争末期にカンボジアから亡命したタクシー運転手、ディオールで縫い子として働くモロッコ難民、イギリスへの渡航を試みながらブローカーに搾取され、冷凍庫の中で死んでしまったベトナム難民。
独特の柔らかな説得力が著者の持ち味だ。
(緑風出版 1980円)
「パリ 華の都の物語」池上英洋著
「パリ 華の都の物語」池上英洋著
パリといえば「華の都」がむかしながらの通り名だ。しかし、歴史をさかのぼるとパリには苦難の歴史もあった。ケルト系はいまでこそ少数民族になっているが、かつてはヨーロッパで最強の民族。もとはパリもケルト人の都だったという。
著者はイタリア・ルネサンスを中心とした西洋美術史の専門家だが、古代から現在にいたるパリの歴史と文化と美の変遷をていねいに説く。新書版ながらカラー図版も多数。折々には美術館紹介のコラムなども入って、高級な観光ガイドブックの趣もある。
実はパリはオリンピックの第2回大会の開催地。初回の開催地だったギリシャはその後もアテネでの開催を見込んでいたが、クーベルタン男爵は同じ1900年に万博が開催されるパリを選んだという。そんなこぼれ話も楽しい。
(筑摩書房 1540円)