天笠啓祐(科学ジャーナリスト)
10月×日 久しぶりに外出した。最近はオンラインでの講演やシンポジウム、会合などが増え、外出する機会が少なくなってしまった。私の読書タイムは、行き帰りの電車の中が多い。余裕があると各駅停車に乗って、ずっと読んでいる。周りの人がほとんどスマホとにらめっこしているため静かで、よい時間を過ごすことができるが、その時間も減り、自宅での読書が増えてしまった。久しぶりに電車での読書である。
最近読む本で増えたのが、フッ素問題である。というのも、今年新しく設立された地平社で創刊された新雑誌「地平」から、PFAS問題に絡んで、フッ素問題の歴史の連載を依頼された関係から、つい書店に行くとPFAS問題の本を買ってしまうからだ。行き帰りの電車の中で読んだ本が、中川七海著「終わらないPFOA汚染」(旬報社 1870円)である。とても面白く乗り過ごしてしまうところだった。PFASの中で、最も毒性が強いPFOAに焦点を当て、企業犯罪を告発していく。サブタイトルが「公害温存システムのある国で」とあるが、読んでいくとその意味がよくわかる。
この本の良さは、取材も視点もしっかりしており、ジャーナリズムの基本を押さえている点である。繰り返す突撃取材、企業や自治体とのやり取り、そして報道を抑えるマスメディアへの批判。ダイキンという企業犯罪ではあるが、国全体がもたらしている環境汚染事件だと指摘する。同時に被害者に寄り添う姿勢も素晴らしい。この本の著者をはじめ、若いジャーナリストを育てている、Tansaという調査報道機関の活動も頼もしいと思った。
この本を読みながら、かなり古い話になるが、1990年代にある大手新聞社から連載を依頼されたことを思い出した。暮らしの中の危険をテーマにした連載の3回目で「フッ素樹脂のフライパン」をとり上げたところ、その回で連載が打ち切られたのである。客観的な事実に徹して書いたつもりだった。今から見ると、ちょうどそのとき、デュポン社がPFOA問題で裁判を争っていた時と重なっていた。