居留守文庫(大阪・阿倍野)堂々たる梁が通る100年の時層を感じる店内
築約100年。七軒長屋の一軒だそう。あべのハルカスのお膝元とは思いがたい、細い道が連なる静かな住宅街にある。
大きな書架風の外観に「いい感じ~」と呟き、開こうとしたドアに、政木哲也著「本のある空間採集」のポスターが。書店等のあらゆる寸法付きの、綿密なイラストが載った本だ。そうそう。ここ「居留守文庫」は、この本の表紙を飾っている。
「2013年のオープンです」と、店主・岸昆さん(52)。お会いするのは2度目。ここを本拠にあと2店舗をお持ちで、以前、阿倍野の「書肆七味」へ取材に行った。今流行のシェア書店の考案者だ。
アート、建築、文学を中心にありとあらゆるジャンルの古本が3万冊
さておき、店内に入るや圧倒される。堂々たる梁が通る13坪。100年の時層を感じる中、本が埋め尽くしていたのだ。推定3万冊。
「最初に来たとき、がらんどうだった空間に一目惚れして」と岸さん。知人から、吉野杉の板材を譲り受け、30×45センチ(奥行きまちまち)の木箱を250個作り、床に板を敷き……。と大工仕事ができるのは、長年「実験劇」というジャンルの演劇人だったから。さらに、3.11後の支援に入った石巻で、プロの大工さんらに教わったから。
「舞台を作るように本屋を作ってきました」
箱を積み重ねた棚と横長の棚が混然一体の中、並ぶのは演劇、アート、建築、文学を中心に「ありとあらゆる」だと拝察。
「終活中のご近所の方やご遺族からごっそり買い取ることが多いんです」
画家、インテリアデザイナー、文学や経済、各国等の研究者らの居住が多い土地柄なのか。皆さん、「ここなら大切に扱ってくれる」と思うんだろうな。夏目漱石ずらりの棚に、81年刊の貴重本の「漱石の精神界」(松本健次郎著)がまざっている。年季の入った「つづり方兄妹」「新・人国記」、そして空気にのまれて「寺山修司論」「タルホ座流星群」「思想の不良たち」といった本を手に取り、ページをめくってみる。
「痕跡本も結構あります」と岸さん。先の持ち主が線を引いたり書き込みをした本のことだ。古本チェーン店では外されるそれらが、ここでは俄然価値を帯び、輝いている。
◆大阪市阿倍野区文の里3-4-29/℡06.6654.3932/地下鉄谷町線文の里駅から徒歩4分/14~18時/不定休
ウチの推し本
「仮装集団」山崎豊子著(新潮文庫 古本売価300円)
「今年は山崎豊子さんの生誕100年。晩年に住んでおられた堺市でパネル展が開かれるなど、改めて注目を集めています。『白い巨塔』の次、1967年に世に出たこの本は、山崎豊子作品の中ではなぜかあまり知られていませんが、大阪労音を下敷きにしたフィクション。徹底した取材をもとに、政治と芸術の妙な関係を描いた娯楽小説です。日刊ゲンダイの読者にすすめたら面白い、と思いつきました。私自身、この小説の取材対象となった方とご縁があり、SNSに紹介文を書いたこともあります」