「エッシャー完全解読」近藤滋著
「エッシャー完全解読」近藤滋著
「視覚の魔術師」と呼ばれただまし絵の巨匠、マウリッツ・エッシャー。有名な《滝》という作品は、2つの塔の間に水路が走りその水は滝となって低所へ落ちていく。
しかし、よく見るとその水はまた元の位置に戻り循環している。つまりこの絵には高低差や重力を無視した、現実にはあり得ない現象が描かれているのだ。細部を見る限りは自然の法則に反しているようには思えないのに、全体を眺めるととんでもなくおかしなことが起きている。
エッシャー自身「だまし絵のトリックは錯視図形」だと語っている。しかし、錯視図形そのものはあきらかに不自然で、存在しえないことが一目でわかる。であれば、エッシャーの絵には錯視図形のほかにトリックや仕掛けがあるに違いない。そこで著者は未発見のまま残っているトリックを解明する冒険の旅に出る。
まずは《物見の塔》。描かれている2階建ての塔は、一見すると何の変哲もない構造に見えるが、中央の建物の内側からまっすぐ立ち上がったはしごが同時に外壁に面して立てかけられている。はしごを上る人は下から見ると内側にいるが、上から見ると外側にいるという存在しえない風景が、あたかも実在するかのように自然に描かれている。
この絵はネッカーの立方体という錯視を遠近法で描いたものだが、普通に描くと自然な立方体にならない。錯視と自然を両立させるにはどんなトリックがあるのか。著者が注目したのは、絵の中で不自然な振る舞いをする人たち、そして建て増しした屋根とテラス。これらがどのようにトリックに仕立てられていくのかを詳細に検証していく。
同様に、左手と右手がそれぞれの袖口を描き合う《描く手》、ひたすら上り下りを続ける階段を描く《上昇と下降》、そして先の《滝》などの秘密に迫っていく。時には、エッシャーの内面まで入り込むなど、名探偵さながらに誰もなしえなかった謎を解明したのは快挙。 〈狸〉
(みすず書房 2970円)