BPO新委員・鈴木嘉一氏が語る テレビ業界の異常事態
NHK籾井体制の影響が出るのはこれから
テレビ界では今、何が起こっているのか。約30年間記者として業界をウオッチし続け、6月から放送倫理・番組向上機構(BPO)の新委員となったジャーナリストの鈴木嘉一氏に聞いた――。
1985年から放送界を取材し、籾井勝人さんで9人目となるNHK会長の言動も追ってきましたが、今の籾井体制は異常事態が続いていると言わざるをえませんね。
1月の就任会見では、「(国際放送で)政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」などと、公共放送の独立性を疑わせる問題発言が飛び出し、世論の集中砲火を浴びました。理事全員に日付のない辞表を出させたことも明らかになり、4月初めまでに寄せられた視聴者の声は3万8000件。3分の2は厳しい意見で占められ、市民団体から辞任要求も突きつけられました。
NHK会長に就任すると、各新聞社などの個別インタビューを受けるのが通例ですが、籾井会長はいまだに受けていません。国内外の要人たちを招く日本記者クラブの会見にも応じていない。JR東海から来た前任の松本正之さんは就任の翌月、日本記者クラブで抱負や課題を語りましたよ。籾井会長は問題発言でたびたび呼ばれた国会を除くと、局内で毎月開かれる定例会見と、4月の「謝罪テレビ出演」くらいでしか公式の発言をしていないんじゃないですか。
個別インタビューは本人が拒否しているのか、周囲が止めているのかわかりません。しかし、さまざまなメディアに対して自分の言葉で語るのは、公共放送のトップとしての義務です。最上階の会長室に引きこもり、一体、何をしているのか。
そこで注目されるのは「主たる任務は、NHKのボルトとナットを締め直すことだ」という就任会見での発言です。これは何を指しているのか。公表された経営委員会議事録を読むと、籾井会長は「偏向放送」という言葉を口にし、物議を醸しています。4月末の理事会では「報道の公平性」について注文をつけ、理事たちと議論になったと伝えられています。
自らが2月に再任したばかりの専務理事2人に辞任を迫り拒否されたように、理事たちとの微妙なズレが表面化しています。4月に理事2人を再任しなかったのは、人事権という“強権”の発動とみるべきです。経営委員会当日に突然、この人事案の同意を求めたため、一部の委員から「放送法施行規則違反」と指摘され、紛糾しました。就任会見で懲りて以来、ひたすら「放送法順守」を繰り返しているのにね。
この人事に伴い「会長の専権事項」として、放送全般や国際放送などの重要担務を特定の役員に集中させた事実も見過ごせません。上意下達型で巨大組織を動かす“側近政治”が懸念されるからです。NHKでは6月に管理職、7月に一般職の定期異動が行われます。籾井会長は「今後は不定期の異動を実施する」と言い出した。現場では「気に食わない職員を容赦なく飛ばすサイン」と受け止められています。
NHKの報道・制作部門には優れた人材が多く、自由闊達な空気は放送の生命線と言えます。籾井体制の締め付けでどうなるか、気がかりです。
海老沢勝二会長時代の2004年、一連の不祥事でNHKへの信頼は地に落ち、受信料不払いの動きが広がりました。その後、歴代の経営陣と放送の現場は「いい番組作り」を掲げ、頑張ってきました。文化庁芸術祭大賞など各種の賞に輝くドキュメンタリーなどで気を吐き、朝の連続テレビ小説も安定した人気を集めています。籾井会長の言動によって「10年がかりで取り戻してきた信頼が崩れる」と心配する局員は少なくないでしょう。
番組の企画は半年から1年単位で動くので、籾井体制の影響が出てくるとすれば、表面的には落ち着いてきたように見えるこれからです。
放送の現場と番組内容の変化を「監視」していく必要があると考えています。