母「絶対に合格できるようなレベルではありませんでした」
宝塚音楽学校への入学は極めて難関だ。幼い頃から英才教育を施してようやくスタートラインに立てる。それでも2度、3度受験する少女もいるのに、北嶋さんは一発でクリアした。
「もともと母が私の宝塚入りには反対で、ダンスも音楽も本格的に習ったことはありませんでした。それでも1次と2次のバレエや声楽の実技試験をパスし、企業でいうところの役員面接のような3次試験に臨みました。その際、ある面接官から『どんな人に憧れていますか』『それではその先輩を目指して頑張ってください』と声をかけられました。いま思い出してみると、その時点で受かっていたということでしょうね。ですが、実力的には絶対に合格できるようなレベルにありませんでした」(マミさん)
宝塚音楽学校の応募資格には「容姿端麗」とハッキリ明記されている。
この場合の容姿とは、話し方や内容、立ち居振る舞いを含めた人間性重視という意味だ。
「娘を宝塚に入れる気はありませんでした。甘えさせて育てたものですから、幼稚園の頃の娘はかけっこでも脇の人をよけながら走るような気の弱いところがあった。そういう娘が苦労するのは分かっていました。私の時代の話ですが、席次や下駄箱まで成績順でした。同期の榛名(由梨=『ベルサイユのばら』の初代オスカル)は楽器やスケート、修身の勉強まで何でもできたけど、私はいつも補習、補習ばかり。試験が近づくと、学校にあるピアノの順番の取り合いになるのですが、榛名は近くの実家でグランドピアノで練習するんです。それぐらいトップになる人は実力も環境も違うのです」(芦屋さん)