フラッと現れた森田童子の暗くて沈んだ歌声に恋心を抱いた
新型コロナに翻弄された2020年も12月を迎えた。ライブは<密>を避けて<配信>というスタイルに変わり、演者とファンとの間に存在していた<濃密なつながり>は分断され、音楽を熱く実体験することができなくなった。コロナ禍はいつ収束するのか? 先が見えない。夜中に一人で酒を飲みながら、森田童子の悲しい調べに身を委ねる。青春時代の思い出が走馬灯のようによぎる。あれは……本気の恋だったのだろうか?
1973年の秋というよりも、夏の終わりと言った方がいいかもしれない。その年の6月に西荻窪ロフトが北口商店街の一角にオープンした。秋口に入っても残暑が厳しく、店前の(東京)女子大通りの打ち水が、キラキラと光り輝いていた。
森田童子がふらっと現れて「すいません、私もここで歌えますか?」と聞いてきた。彼女のトレードマークとなったサングラスも掛けてなかったし、クルクルのカーリーヘアでもなかった。まるで少女のようだった。
売れていない歌い手が売り込みに行く際、さすがに真っ黒のサングラスはないだろう――ということだろうが、彼女の素顔を見たのは、この時が最初で最後だったような気がしてならない。