劇作家・蓬莱竜太氏 人形劇ムービー無料配信に挑んだ理由

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 複数の演劇関係者から「え、こんなの作っちゃうの? という驚きの完成度」との声が聞こえてきた。劇団「モダンスイマーズ」が製作した人形劇ムービー「しがらみ紋次郎~恋する荒野路編~」が注目されている。理由は、はじめて手がけた人形劇とは思えない質の高さと、同劇団の作・演出を担当する蓬莱竜太氏(45)の本気度がひしひしと伝わるから。それは、「コロナ」という見えない敵と対峙するクリエイターとして、自ら突きつけた“挑戦状”でもある。新型コロナの感染拡大により、演劇は根こそぎやられる危機的状況に陥った。はたしてコロナ後の演劇の未来はどうなるのか。脂の乗り切った劇作家にオンラインでリアルな心情を聞いた。

  ◇  ◇  ◇

「劇団として大きな挑戦になるはずだったんです」。モダンスイマーズは昨年11月、座席数800超を有する東京芸術劇場「プレイハウス」(東京・池袋)での公演を予定していた。公演にこぎつけるまで1年がかりで準備してきた一大プロジェクトだ。それが、新型コロナの感染拡大により公演中止という最悪の事態に追い込まれた。

「誰のせいにすることもできないし、場所を奪われていくことを見ているだけしかできなかった。コロナという存在が憎らしい。演劇で飯を食っている者としては悔しくてたまらなかった」

■「エンターテインメントは不要不急のもの」ではない

 忸怩たる思いを抱える中、ロックダウンという聞きなれない言葉が叫ばれて、舞台は自粛が呼び掛けられた。だが、演劇に関わる人たちにとって、「エンターテインメントは不要不急のもの」ではない。演劇の芥川賞ともいわれる岸田國士戯曲賞はじめ名だたる戯曲賞に輝く蓬莱氏は、むしろ「クリエイティブに触れていなければ、死に等しい」と感じる。表現することを奪われた現実と向き合いながら、生きている証として、人形劇の映像化構想をひとり温めていった。

 それにしてもなぜ人形劇だったのか。

「『濃厚接触だ何だと気にせず遠慮なくできる』というのが発想の原点です。でも、劇場でお客さんに見てもらうのは叶わなかった。それで映像に収めようと。『しがらみ紋次郎』は、そもそもプレイハウスでの演目として構想していた題材です。ただ、濃厚なキスシーンも含め、人形だからこそできるシナリオにがらりと変えました。初めて劇団員やスタッフに提案した時は、ポカーンとした表情でしたが(苦笑い)」

「コロナだったから生まれた」というものを手がけたい

 このアイデアが仲間に受け入れられるかという不安よりも、クリエイティブなものに飢えている状況を改善することが先決だった。

「クリエイティブな場所に向かうことが命をつなぐうえで何より大事で、賛同してくれなくても仕方ないとも思っていました。ただ、この演目を劇団のメンバーと一緒に昇華させることに意義があるとも信じていた。だからこそ、完成させた映画1本分(全111P)の絵コンテで本気を示しつつ、皆を引っ張り込んだんです」

 ただし、蓬莱氏にとって人形劇は初めての試みだ。カギっ子だった小学生時代、NHKで放送されていた連続人形劇「ひげよさらば」(1984年~85年)を食い入るように見ていた。当時から面白さの裏にある物事の核心を描く世界観に惹かれたという。そんな少年が大人になり、演劇の世界に身を置いてからも「いつの日か人形劇をやりたいと思っていた」という。

 だが、いざ始めようとすると簡単ではなかった。初めての取り組みとなれば課題は多い。それでも監督・絵コンテ・撮影・編集などをすべて自分がやると決めた。その決断の背景にあるのが、演劇に携わる者としての矜持だ。

■災厄をプラスに変えるしかない

「コロナに対する苦肉の策としてリモート演劇なども始まっていたんですが、演劇はやっぱり生、劇場に足を運んで見るのに限るという声が挙がっているのも事実です。ただ、クリエイターとしては作るからには『コロナじゃなかったらもっとよかったのに』ではなく、『コロナだったからこういうものが生まれた』というものを手がけたい。たとえコロナが終息に向かったとしても、この間に受けた打撃はかなりの期間、尾を引いていくでしょう。コロナ以前のように劇場にお客さんが戻ってくるという確証もありません。それだけコロナというのは演劇に強烈なインパクトを与えました。だからこそ、現実をただ受け入れるのでは気が済まない。漫然と悔しがっているだけでは、それまでの人間です。これからの演劇で生き残るためには、この災厄をプラスに変えるしかない。作り手として何か違う爪痕を残し、この難事をどう乗り越えていくか。この挑戦は、観客に対する恩返しにつながるんじゃないかとも思っています」

無料配信にこだわった理由

 再生回数1万7000回(24日現在)を超えている。視聴者に喜ばれる作品が完成した。ただし、妥協知らずの取り組みには多額の制作費がかかってくる。劇団の台所事情は、作品とは違って笑えるものではない。本編(人形劇ムービー)とは別に製作したドキュメンタリー映像には、怒号が飛び交う現場で1シーンも撮れず、刻一刻と時間ばかりが失われていくさまも、そのまま収められている。製作予算は2310万円で日当は8000円という生々しい現実もカメラの前で明かされた。楽しくて面白い作品の裏側にある演劇界のリアルだ。

 それでも、いずれの映像も無料配信にこだわった。

「こんな時期だからこそ無料でないといけないという思いもありました。損して得取れではないですが、そこで得られた充実感は十分なギャランティーになっています。誰に求められたわけではなく、自らが手を上げてエンターテインメントなものを作って見てくれという行為は、ある種、エゴイスティックです。その見返りは面白いと思ってもらえるかどうかというのが非常に大きい。人の心に残ってはじめて次の作品や公演につながり、そして、おカネが生まれる。もちろん、生活があるので経済的なものをどう結び付けていくのかは重要で、作品にかけるのと同じくらいセンスが問われています。今まで以上にその仕掛けが重要になるでしょう」

 コロナで中止を余儀なくされたプレイハウスでの舞台公演は、芸術文化振興基金助成事業だった。それを人形劇の製作にシフトし、申請変更を行ったものの、その結果を待つことなく、見切り発車でスタート(最終審議中=22日現在)。合わせ技で、コロナ対策の一貫である文化庁への文化活動継続支援事業の申請を行なった。そうやって当面の制作費を確保する算段をつけ、なんとか都の最低賃金である時給1013円をベースに日当8000円を達成する目途がついたという。

才能に投資をしなければ演劇から人がいなくなる

 もっとも、たとえ助成金の申請が通っても、劇団としては赤字だ。今後どのように相殺し、劇団として活動を継続させていくか、課題は山積している。

「コロナ以前から現場と(助成する行政)の距離が遠いと感じています。演劇界の現状、目指す方向性、そのためのテコ入れなど、常日頃から現場の人間と同じ目線で考えてくれる人が必要です。一般の人たちと同じ目線では困るんです。日本はクリエイティブ産業の推進を打ち出しているにも関わらず、実が伴っていない。このままだと世界との差は広がる一方。才能に投資しなければ、演劇からどんどん人がいなくなってしまいます。おカネはしかるべきところに投資するもの。作品の内容よりも書類の書き方が巧拙でおカネが出たり出なかったりするというのでは本末転倒です」

 現在は、すでに次作の脚本に取り掛かっている。「おカネにならないアイデアはなぜかどんどん浮かんでくる」と苦笑いするが、その視線の先には、コロナ禍をバネに新しいステージに入る未来が見えているのだろう。

(取材・文=小川泰加/日刊ゲンダイ

※「しがらみ紋次郎~恋する荒野路編~」…木枯らし紋次郎の名を騙り、自分探しの放浪を続ける男・紋次郎と、一夜を過ごした夜鷹オウメの道行を描く。歌舞伎役者の中村勘九郎も声の出演(特別出演)。5月9日までモダンスイマーズ公式YouTubeチャンネルで無料配信中。

【連載】コロナとエンタメの瀬戸際

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