五木ひろしの光と影<15>山口洋子は「今までになかった曲にしたい」と訴えた
「まあ、そんなに買いかぶられても困るけど、そう思われて悪い気はしなかった」と晩年の平尾は相好を崩した。
山口洋子は平尾に8編の詞を渡した。すでに「噂の女」(内山田洋とクール・ファイブ)という大ヒット曲を出した、れっきとしたヒット作詞家でありながら、銀座「姫」のマダムをこなすという多忙な生活の中で、これだけの詞を短期間で用意するのは容易ではなかったはずだ。それもすべて「三谷謙」という無名の下積み歌手のためである。この熱意は一体どこから来るのか。平尾は洋子の意気込みを目の当たりにして「よし、いっちょ僕もこの船に乗っかってみるか」と腹をくくった。
帰宅して改めて8編の詞を見た。しかし、いずれも凡庸なものばかりだったという。いや、曲にできないわけではまったくない。「作れ」と言われれば、作る。しかし、「これで今までにない曲にする」というのは難しい気がした。「50点や60点の曲ばっかり作ってもなあ」と肩を落とした。
しかし、その中に一つだけ変わった詞があった。名詞が羅列しているだけの奇妙な詞。そこには「あの人は行ってしまった」という不思議なタイトルが付けられていた。(つづく)