歌舞伎座初登場 感慨深い市川猿之助のスーパー歌舞伎「新・三国志」
今月の歌舞伎座は、珍しく舞踊劇がひとつもない。中国の大衆小説、講談、落語、伝説をもとにしたバラエティーに富んだ演目が並ぶ。
第一部は、市川猿之助のスーパー歌舞伎「新・三国志」。先代(三代目)の猿之助が始めたスーパー歌舞伎の、歌舞伎座への初登場となった。コロナ禍の歌舞伎座を牽引してきたのは猿之助なので、スーパー歌舞伎の歌舞伎座上演も可能になったのだろう。猿之助が再開場直後の歌舞伎座に長く出なかったのを思うと、感慨深い。
■テンポも速く人物像くっきり
「新・三国志」は全三部作の大長編だが、今回は「関羽篇」として2時間10分にまとめている。そのため、かなり速いテンポで進む。舞台装置は簡略なもので、人物がくっきりと見える。
役者は客席に向かってまっすぐ立ち、セリフをとうとうと述べるので、昔のオペラのようだ。しかし古臭いという批判を蹴飛ばすエネルギーがあり、大音量の音楽もあいまって、有無を言わせずにクライマックスへと怒涛のごとく進み、宙乗りで圧倒させて終わる。
1999年の初演時から劉備玄徳は女だったという設定で女形の市川笑也が演じ、今回は三代目時代とはキャストが入れ替わっているなか、唯一、変わらない女形の笑也が、男装の女性を演じるので、どことなく宝塚的でもある。
ほころびがない菊五郎の「芝浜」
第二部は大幹部の出演。片岡仁左衛門が講談を原作とした「河内山」、尾上菊五郎が落語を原作とした「芝浜革財布」で、それぞれの持ち役を演じている(仁左衛門は体調不良のため9日公演から当面の間休演)。
先月の仁左衛門は碇知盛で悲劇の武将を圧巻の演技で見せたが、今月は愛される悪人、河内山宗俊を痛快に演じている。菊五郎の「芝浜」は、女房おたつが中村時蔵で、脇の役者たちを含めてほころびがない。
第三部前半は、中村芝翫、魁春、雀右衛門らの「信州川中島合戦」の「輝虎配膳」で、今月唯一の古典的な歌舞伎。
後半が松本幸四郎の「石川五右衛門」。昨年暮れに亡くなった中村吉右衛門が得意としていた役で、それを甥の幸四郎が引き継ぐ。
五右衛門は実在したが、大泥棒で最後は釜茹での刑に処されたこと以外は、年齢も出生も謎の人物なので、いくらでもお話を作れる。この歌舞伎では、五右衛門は少年時代に此下久吉(豊臣秀吉がモデル)と同じ盗賊団にいたという設定で、久吉を中村錦之助が演じる。
二人とも線が細いこともあり、大きさは感じられないが、秀吉が天下人になる前の青年時代の話で、五右衛門も若いわけだから、これはこれでいいのかもしれない。
山門の場では門が上がると、三階席では幸四郎の肩から上が見切れてしまう。どうにかならないものか。
(作家・中川右介)