大原麗子・森進一の交際スキャンダルで訴えられた1975年 すでに「不倫」が週刊誌タイトルに
「元木サン、ここは謝ってくれ。謝ると思うと腹が立つだろうが、お尻を上げると思えばいいんだ」
私は承服できなかった。さらにKがこう続けた。
「芸能なんかで争うのはバカバカしい。これが政治家だったら、徹底的に戦いますよ」
芸能で戦争ができないのに、政治家となんか戦えるわけがない。案の定、その後、やはり私の記事で政治家から訴えられたら、真っ青になって顧問弁護士のところへ和解を頼みに行ってしまった。
宮仕えの悲しさ。編集長とKと私で、大原の家に謝りに行った。ネグリジェと見まがうような薄ものをまとった大原の美しかったことを覚えている。和解金として30万円払ったと記憶している(当時の私の月給が8万円ぐらいだったか)。
それから5年後、渡瀬と離婚した大原は、森と再婚する。なぜか、ホテルで行われた盛大な披露宴への招待状が私にも来た。Kに、「記事は事実だったのだから、30万円取り戻してくれ」と言ったが、逃げ回るだけだった。森と大原は4年後に離婚した。(文中敬称略)
(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)