ありがとう週刊朝日! 101年の歴史の最後の最後に、読者から執筆者へ
「挽歌はもともと中国の葬送で柩を載せた車を引きながら歌うもの。いまでは人の死を悼む歌の総称とはいえ、所詮週刊朝日の一読者に過ぎない松尾さんは、歌い手としてふさわしいだろうか」
うーむ……く、くやしい。ぐうの音も出ないとはこのこと。だってその通りなんだから。たとえ週刊朝日を半世紀読もうが1世紀読もうが(さすがにそんな人はいません)、自分は一介の愛読者でしかない。現実を突きつけられた気がした。
ところが、捨てる神あれば拾う神あり。コラムに興味をもった『サンデー毎日』から、週刊朝日の編集長にインタビューしてウチで書いてみませんかとお声がけをいただいたのである。
サンデー毎日といえば、週刊朝日と同じ1922年に創刊された宿命のライバル誌。いわば百年戦争の戦勝国である。勝ち組がこんな企画を出すなんてずいぶん意地悪だな。まず、そう思った。『史記』に「敗軍の将は兵を語らず」という有名な一節があるけれど、今回はその口をこじ開けて語らせようっていうんだから。だが、解散寸前の週刊朝日編集部を訪ねるという案への好奇心はなかなか抑えがたく、ぼくは初めて朝日新聞東京本社に足を踏み入れることになった。