著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

故・名プロデューサー佐藤剛さん 最後のサプライズと、ときに苛烈すぎる人生について

公開日: 更新日:

昭和歌謡リバイバルの仕掛け人

 面白いのは、剛さん自身は音楽プロダクション社長として重鎮度を高めていくような人生には、まるで興味がなかったこと。「日本にも〈スタンダード〉の概念を」と提唱し、アルバムやライブの制作にとどまらず、2011年には長編ノンフィクション『上を向いて歩こう』を岩波書店から上梓する。デビュー作にして傑作だった。ときに59歳、大型ノンフィクション作家誕生の瞬間である。

 同年にはシニアプロデューサーを務めた由紀さおりとピンク・マルティーニ(米国のジャズオーケストラ)の合作アルバム『1969』が世界的成功を収め、昭和歌謡リバイバルの仕掛け人ともなった。

 由紀さんの『1969』の次作となる2013年のアルバム『スマイル』をプロデュースしたのがぼくである。その流れは翌年の由紀さんの新趣向コンサート開催に至り、ぼくは音楽監督に就任した。彼女のチームが前任者の剛さんへ寄せた大きな信頼を、運良くそこに居合わせたぼくが譲り受けたのは明らかだった。

 コンサートの舞台プロデュースを務めたのは歌舞伎役者・市川猿之助。いま手元にある写真には、コンサートの打ち上げでぼくと一緒にワインを楽しむにこやかな彼が写っている。剛さんを収めた棺の重みがまだ両手に残る火曜、おなじ70代の死に関わる容疑で猿之助さんが逮捕されたニュースを知ったぼくの狼狽を察していただきたい。人生はときに苛烈すぎる。

 じつは剛さんとお目にかかったのは数えるほどしかない。でも晩年の彼はぼくの寄稿やラジオをよくチェックしては、まめに温かい言葉をかけてくれた。その言葉たちが今どれだけ自分の励みになっていることか。それをプロデュースと呼ぶことに、ぼくはいささかの躊躇もない。

 告別式は偶然にもマイケル・ジャクソンの命日と重なった。剛さん、やっぱり持ってるなあ。その帰り道、以前に剛さんと一度だけNHKラジオで共演したことを思い出した。「上を向いて歩こう」に関する特番だった。帰宅後、見つけだした同録CDを聴いた。

 印象深いやりとりもあれば、すっかり忘れていた話もある。温かい気分になった。だが視線がCDケースに記された放送日をとらえた瞬間、ぼくの息は止まった。2013年6月20日。剛さんの命日、そのちょうど10年前ではないか。これもまた何という偶然。名プロデューサーにふさわしい最後のサプライズだった。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 芸能のアクセスランキング

  1. 1

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  2. 2

    中居正広の騒動拡大で木村拓哉ファンから聞こえるホンネ…「キムタクと他の4人、大きな差が付いたねぇ」などの声相次ぐ

  3. 3

    木村拓哉は《SMAPで一番まとも》中居正広の大炎上と年末年始特番での好印象で評価逆転

  4. 4

    中居謝罪も“アテンド疑惑”フジテレビに苦情殺到…「会見すべき」視聴者の声に同社の回答は?

  5. 5

    中居正広9000万円女性トラブル“上納疑惑”否定できず…視聴者を置き去りにするフジテレビの大罪

  1. 6

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  2. 7

    フジテレビは中居正広で“緊急事態”に…清野菜名“月9”初主演作はNHKのノンフィクション番組が「渡りに船」になりそう

  3. 8

    中居正広の女性トラブルで元女優・若林志穂さん怒り再燃!大物ミュージシャン「N」に向けられる《私は一歩も引きません》宣言

  4. 9

    若林志穂vs長渕剛の対立で最も目についたのは「意味不明」「わからない」という感想だった

  5. 10

    中居正広「女性トラブル」に爆笑問題・太田光が“火に油”…フジは幹部のアテンド否定も被害女性は怒り心頭

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    相撲協会の逆鱗に触れた白鵬のメディア工作…イジメ黙認と隠蔽、変わらぬ傲慢ぶりの波紋と今後

  2. 2

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  3. 3

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 4

    《2025年に日本を出ます》…團十郎&占い師「突然ですが占ってもいいですか?」で"意味深トーク"の後味の悪さ

  5. 5

    ヤンキース、カブス、パドレスが佐々木朗希の「勝気な生意気根性」に付け入る…代理人はド軍との密約否定

  1. 6

    中居正広の女性トラブルで元女優・若林志穂さん怒り再燃!大物ミュージシャン「N」に向けられる《私は一歩も引きません》宣言

  2. 7

    結局《何をやってもキムタク》が功を奏した? 中居正広の騒動で最後に笑いそうな木村拓哉と工藤静香

  3. 8

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  4. 9

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  5. 10

    高校サッカーV前橋育英からJ入りゼロのなぜ? 英プレミアの三笘薫が優良モデルケース