池永正明投手の訃報に思う…プロ野球「黒い霧事件」に火を付けたのは週刊誌だった
潜伏中だった永易を見つけ出し、他のメディアに気付かれないよう、九州からタクシーに乗せて東京まで連れてきたと、当時、話題になった。
「永易選手が八百長事件をすべて告白 もうオレは黙っていられない!」(1970年4月10日号)「永易選手の爆弾発言 オレがやった八百長試合の全貌と組んだ選手」(同4月17日号)
この事件の数々のスクープと、女優が赤裸々に男とのSEXについて話す「衝撃の告白」で、週刊ポストは一気に部数を伸ばし、トップの座をつかみ取るのである。
ポストで永易は自分以外にも八百長に関わった選手がいることを示唆した。その後、池永の名前も口にし、池永は、100万円をもらったことは認めたが、八百長は完全に否定した。だが、カネの返済を怠っていたため「永久追放処分」になってしまうのである。
球界に名を刻む大投手になるはずだった池永の追放は、多くのファンの同情を呼び、何度か処分解除や球界へ復帰させる動きがあったが、処分が解除されたのは2005年だった。激動の時代を生きた悲運のエースに安らかな眠りを。 (文中敬称略)
(「週刊現代」「フライデー」元編集長・元木昌彦)