糖尿病の夫を見送った妻の多くが後悔すること
高齢者の糖尿病治療の負の側面を象徴するような出来事が、患者さんが亡くなったときにしばしばあらわになります。糖尿病の夫を自宅でみとった妻が、何カ月かぶりに外来に来られて、次のように語る場面です。
「夫のことを思い出しては泣いてばかりいる毎日です。もうこれが最後というときには好きなものを何でも食べてもらってと思っていたのですが、そうする間もなく亡くなってしまいました。その後悔をいまだに引きずっています」
糖尿病の患者さんでは、がんの末期であっても、食事ができる間は、「食事は何カロリー」「ご飯は何グラム」「甘いものは控えて」「缶コーヒーやお酒もなるべく我慢」というように、元気な時と同じような食事制限が続けられることがよくあります。
血糖が200~300㎎/デシリットルになったら大変、HbA1cは7%未満に、という数字の呪縛は案外強固なものです。
そうこうしている間に食事ができなくなってくると、もうそんなことを気にしていられない。何か食べたいものを食べさせたいなどと思うわけですが、時すでに遅し。食べられないまま、アッという間に亡くなって、最後の食事も糖尿病食という不幸なことは珍しくありません。