軟らかい頭も使って卵を持つ前の豊富な栄養を丸ごといただく
必須アミノ酸が豊富に含まれる優れた動物性蛋白質
このタコ! という罵り言葉は落語などでよく聞かれる。その語源は、私も定かなところは知らないが、江戸時代にはすでにあったらしい。なになに以下(イカ)という嘲りの対語として人々の間で使われるようになったとか。丸い頭部とゆらゆらした8本の足というユーモラスな形態も面白おかしく語られる理由だろう。
しかし、生物としてのタコは罵られるほどには愚かではなく、むしろかなりの知能の持ち主である。問題解決能力や記憶力が高いのだ。
例えば、ネジ蓋式のガラス瓶にエサを入れて与えると、エサを視認した上で、試行錯誤の末、蓋を足で回して開けることができる。食用としては主にこの足をいただくわけだが、刺し身にしても、調理をしてもおいしい。歯ごたえがありつつ、極めてなめらかな独特の食感は、タコの足の筋肉に、特定の方向の繊維(すじ)が走っていないことによる。それはタコがこの足を自由自在にあらゆる方向に動かして、移動、捕食、防御などをするために必要だからだ。8本の足にはくまなく神経のネットワークが張り巡らされているので、実に器用な動きができる。タンパク質としても必須アミノ酸が十分量含まれるすぐれた動物性タンパク源である。知性ある人は、タコを嘲り言葉として使うことを慎むべきである。
▽福岡伸一(ふくおか・しんいち)1956年東京生まれ。京大卒。米ハーバード大医学部博士研究員、京大助教授などを経て青学大教授・米ロックフェラー大客員教授。「動的平衡」「芸術と科学のあいだ」「フェルメール 光の王国 」をはじめ著書多数。80万部を超えるベストセラーとなった「生物と無生物のあいだ」は、朝日新聞が識者に実施したアンケート「平成の30冊」にも選ばれた。