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佐々木常雄東京都立駒込病院名誉院長

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

高いエビデンスがある治療でもすべての患者に推奨できるわけではない

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 最近、「エビデンス」という言葉が時には医療以外の場面でも聞かれるようになっています。「証拠」や「根拠」といった意味を持つ言葉で、医療では「研究や臨床試験により科学的で客観的な裏付けが取れているもの」を指します。

 医療の各専門学会では、多くの臨床試験の文献からその質を検討し、その治療法は確かなものか不確実なものか、エビデンスとしてのレベルの高さを評価し、標準治療やガイドライン作成の資料としています。がん医療では、これら標準治療の普及によって国全体の治療レベルは明らかに向上しました。

 高いエビデンスとなるのは、臨床試験において「複数のランダム化(無作為化)比較試験があり、その結果に一貫性がある」場合です。ランダム化比較試験とは、いわばくじ引きでA群とB群に分け、両者を比べる試験のことです。たとえば、進行した胃がん患者に対して、抗がん剤の効果を明らかにするために行われた複数のランダム化比較試験があります。抗がん剤治療が行われる群と、行わない群とにくじ引きで分けて比べた臨床試験が、1990年代に海外で3つ実施されました。

 手術ができないほど進行した胃がん患者で、体の一般的状態は悪くなく(まったく症状がないか、あってもベッドにいるのは一日の半分以下の状態)、抗がん剤治療が一度も行われておらず、担当医が抗がん剤治療が可能と判断した場合などの条件の下、くじ引きで抗がん剤治療をする群と、しない群とに分けて、どちらが長く生きられるかを比較したのです。

 その結果、生存期間中央値は3つの試験とも抗がん剤治療をした群が、しない群の約3倍でした(統計上有意差あり)。そして、3つの試験すべてが同じ結果であったことから、この試験は統計学上、高いレベルのエビデンスとされたのです。

 この結果が明らかになったことにより、以後、進行した胃がんで、同様な条件下での同じ試験は人道的にも行われなくなりました。

 現在は、新しい薬や治療法が登場すると、標準的治療法と比較するランダム化比較試験が行われています(第3相試験)。ただ、標準治療やガイドラインとなっている治療法は、すべてランダム化比較試験が行われた結果というわけではありません。その治療法が、誰が見ても明らかに良い結果と考えられる場合は、ランダム化比較試験は行われないのです。

■エビデンスのレベルは高くなくてもしっかりした治療法もある

 一般的な話ですが、胃がんで、体の状態が良く、ステージ2の患者は、手術の5年生存率が約80%であることから手術が勧められるのですが、これは、手術する群としない群のランダム化比較試験が行われたわけではありません。

 また、たとえ高いレベルのエビデンスがある治療法でも、それが本当にすべての患者に推奨できる治療法かどうかは違ってきます。

 強く推奨できるのは、その患者がその治療によって得られる利益が、生じうる害や負担を明らかに上回ると考えられる場合です。

 臨床試験の中には、ランダム化比較を行っていないものがたくさんあり、少数の症例報告も多く存在します。この場合、エビデンスのレベルは高くはありません。ただ、臨床現場では、高いエビデンスではなくとも、しっかりした治療法で良好な結果を得ている報告が多数あります。

 たとえば、「日本癌局所療法研究会」という会があります。昨年の第43回学術集会では、250題ほどの論文発表がありました。たとえ標準治療が効かなくなった場合でも、患者と治療グループが苦労しながら頑張ってがん局所の治療を行い、良好な結果が示されていました。この臨床研究発表のほとんどが、現時点ではガイドラインの標準治療ではないのです。

 高いエビデンスの治療法がない、あるいは標準治療が効かなくなったということが、「もう治療法はない」ということではないと強く感じました。もちろん、「医学的にしっかりとした治療」であることが大前提ですが、担当医と患者は、他に適応となる治療法がないか、その病院ではできない方法でも他の病院ではできる方法などについて、一緒に真剣に考えていただきたいと思いました。

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