鶯谷「歌謡曲カフェ Lover's」一度行けば病みつき アラフィフがミニスカで通う魅力とは
ABBAの「ダンシング・クイーン」がかかった途端、我慢できずにフロアに飛び出した。「今日初めて来た」と話していた隣席の推定50代男性も一緒に、だ。気がついたら終電近くまで踊り続け、汗びっしょり──。JR鴬谷駅から徒歩数分、「歌謡曲カフェLover's」へ初めて一人で行った時のことだ。
東京で最初にディスコ全盛期を迎えたのが、1970年代半ば。これを経験した人はもちろん、そうでない人も、「Lover's」に来たら踊らずにはいられないだろう。かくいう記者(アラフィフ)も、ミニスカートをはいて通っている。
「『Lover's』へ初めて来たのは12~13年前。毎週来て踊っています」と話すのは、ディスコデビューが1976年というDJ☆Sさん(62歳)。ファンクやソウルが大好きで、アメリカのソウル&ダンス音楽番組「ソウル・トレイン」(日本では75年から放送)の黒人のファンキーなダンスに影響を受けた。
六本木、赤坂、新宿などのディスコが遊び場。しかし、80年代半ばに宮殿ディスコとも呼ばれる「マハラジャ」「エリア」がオープン。「曲や大箱が合わない」と感じ始め、バブル崩壊(91年3月)の2カ月後に「ジュリアナ東京」ができたあたりから、足が遠のいた。
「コアな年齢層は50代後半から上は70代が中心。私のように懐かしくなって来店されるディスコ世代の方も多い。最近は『昭和ブーム』で若い方も増えましたね。一人で来店されても、常連客が気さくに教えてくれるので楽しんでいるようですよ」(DJ☆Sさん)