神戸・長田区「ラーメン組長」射殺犯の絆会No.2が「伝説のヒットマン」と称される理由
「事件の発端は、かつて金澤が率いた絆会系竹内組を宮下組長に譲ったこと。その途端、弘道会系高山組に移籍すると言い出したため、翻意させようと説得したが、聞き入れられなかった。裏切り者にケジメをつけるため、元弟分の腹に銃弾をぶっ放し、逃亡生活に入った。逮捕される3カ月ほど前から潜伏していたアパートは絆会の関係者が用意したもので、部屋から拳銃1丁と実弾10個が見つかった。押収した拳銃を鑑定した結果、発砲した際に残る線条痕が、余嶋組長を殺害した銃弾と一致した」(前出の捜査事情通)
金澤被告は余嶋組長を殺害する1年以上前の22年1月にも、茨城県水戸市にある6代目山口組一心会系「三瓶組」事務所に乗り込み、神部達也若頭(当時40)の頭に数発発砲し殺害している。
■3年間逃亡生活を送りながら「返し」を実行
「水戸の事件は絆会幹部と神部若頭の間で起きたトラブルの『返し』とみられています。弘道会は金澤にとっては因縁の相手だった。自身が忠誠を尽くす絆組の織田絆誠会長の出身団体『山健組』(神戸市)とはかつて抗争が絶えなかった。金澤自身も竹内組を率いた時代から弘道会相手に一歩も引かず、地元長野の弘道会系組織を解散に追い込んだこともあった。余嶋組長は神戸唯一の弘道会の直参組織のトップですから狙いとしては申し分ない。今回の分裂抗争で弘道会の直参が殺害されるのは初めて。数と勢力、経済面で雲泥の差がある6代目山口組を相手に孤軍奮闘している。指名手配中の3年あまり逃亡を続けながら、1人で立ち向かい、山口組系幹部3人を殺傷し、組織としても『返し』を実行した。その心意気も任侠道なら、計画性や実行力、度胸、冷静な判断力、鮮やかな手口など、反6代目勢力の間では『伝説のヒットマン』と称賛されています」(暴力団に詳しい関係者)
とはいえ、極刑は免れないだろう。