巨人OBからも不満 打線不調は原監督の「4番軽視」が原因
原監督が巨人を率いて今年が計11年目。その間に4番を打った選手は実に16人にも達する。あの長嶋茂雄元監督ですら、第2次政権の9年間で起用した4番は14人。広沢だ、落合だ、清原だと毎年のように主砲候補を補強でかき集め、「欲しい欲しい病」と揶揄された長嶋元監督以上に取っ換え引っ換えしている。
原監督は現役時代、ONに次ぐ球団3位の在位記録となる1066試合で4番を張った。引退の際には巨人の4番を「聖域」と表現し、「何人も侵すことができない」と強調していた。その原監督が好機で4番に代打を出し、送りバントをさせ、コロコロと首をすげ替える。「聖域」を「侵しまくっている」のだから、OBが首をひねるのも当然だ。
原監督と現役時代を共にした、野手出身の中堅OBが言う。
「現役時代の晩年、原監督も代打・吉村、代打・長嶋一茂を送られたことがあった。特に一茂のときは、周囲が声をかけるのもためらうほど、ショックを受けていた。その後、コーチとして長嶋監督に仕え、『いろいろな野球観があることを痛感した』と言っていた。長嶋監督が『1000日計画』で松井秀喜を4番に育成するとした一方で、主砲候補ばかりをかき集める補強を最も近くで目の当たりにして、4番に対する考え、思いが変化していったのは間違いない。もともと勝負に対しては厳しい人。ここ数年は『ベンチ主導で戦う』というのが口癖です。特定の選手に頼るのではなく、今のチーム事情では、4番打者も4番目の打者という意識なのだと思います」