元大関・魁傑の実直さを象徴するエピ…“見せ物じゃない!”に込められた真意

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 夏場所が8日、両国国技館で初日を迎えた。コロナ対策の入場者制限は春場所が定員の75%で、今場所は同87%の9265人まで緩和された。

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 他のイベントに比べてまだ慎重だが、再開された大広間のちゃんこに行列ができた。客席での酒も解禁され、1人1本まで。親方衆が言うように「量の監視はしようがないけど」、飲み過ぎて大声を出す観客もいなかった。

■「クリーン魁傑」の矜持

 2007年名古屋場所中のこと。豪雨の予報が出て翌日は交通機関がマヒしそうだと聞き、当時の放駒審判部長(元大関魁傑)に「お客さんが来られなくなりますね」と向けた時だ。

「来なくたっていいんだよ。見せ物じゃないんだから!」

 真剣な顔と語気に圧倒され、言葉に詰まってしまった。内心、興行以外の何ものでもないでしょうとも思った。だが、現役時代に「クリーン魁傑」と呼ばれた実直な人。時に言葉が不器用になる。真意はすぐ理解できた。

「見せ物」とは本来「珍しい物・曲芸・奇術などを見せる興行」(広辞苑)。縁日などの見せ物小屋で、体の不自由な子どもまで見せたりして金を取っていた昭和を知る世代には、「興行」と全くの同義語ではない。

 大相撲は修行だ。興行はあくまでその成果を見てもらうもの。だから、たとえ観客がいなくても場所は開くのだーー。親方はそう言いたかった。

コロナ禍は力士の鍛錬にも影響

 皮肉にもこの場所前後に時津風部屋の傷害致死事件と朝青龍のサッカー騒動が起き、相撲界は暗黒時代に入る。放駒親方は渦中の10年に日本相撲協会理事長に就任。命を削って八百長問題などに対処しつつ、観客激減の中で今につながるファンサービスの種もまいた。

 しかし、その後の人気回復もつかの間、コロナ禍は興行形態だけでなく、力士の鍛錬にも影を落としている。

 初日は幕内の大半が一方的な相撲だった。初日は調子が出ない力士もいるし、終盤は照ノ富士と2大関が敗れて館内が沸いたが、攻防があったのは若隆景ー北勝富士御嶽海高安ぐらい。際どい勝負もない。

 数年前、外国人留学生に大相撲入門の講義をする機会があった。歴史や規則とともに四つ身や投げなど技術の基本を説明すると「そんな技があるんだ。大きな人がぶつかり合うだけだと思っていた」と言った学生がいた。

 裸にちょんまげの大男同士の取っ組み合いが、外国人客に奇異な目で見られた昭和40年代に戻るのか。いかに観客をもてなしても、「見せ物じゃないんだ」と胸を張れる取組がないと、また来ようと思ってもらえない。

若林哲治(わかばやし・てつじ) 1959年生まれ。時事通信社で主に大相撲を担当。2008年から時事ドットコムでコラム「土俵百景」を連載中。

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