「それを愛とは呼ばず」桜木柴乃氏
「夢や希望を失ったとき、人はどうにかしてバランスを取ろうとすると思うんですね。亮介は自分のずるさを許すことで精神のバランスを保とうとしますが、純粋で不器用な紗希はそうはできない。そんな彼女が見つけた新しい活路が人を幸せにすることでした。現実にもありがちですが、人のためってすごく心地よいことで、しかも大義名分が立つから怖い。人のためは、裏を返せば人のせいですから。紗希ははたから見れば完全な思い込みですが、でも人は皆思い込みで生きてて、だからこそ間違えるんでしょうね」
狂気をはらんでいく紗希の純粋さは男たちをからめとり、やがて妻の遺志を受け継いで生きることにした亮介へと徐々に距離を縮めていく。男性読者なら、逃げようとしても逃げられぬ亮介の状況にぞっとすることだろう。
「これまで、流された場所で何とか生きていこうとする人、分を知っている人たちを描いてきましたが、今回初めて分が分からない人になりました。人がこうだ、と信じたらそれを止める力は誰にもありません。そして紗希は自分の行為に愛という名前を与えてしまった。明確に名付けてしまうと、窮屈だし、相手を縛ってしまう。だから私はなるべく名付けないようにしています。愛は、いとしいともかなしいとも読みます。何が愛か? という問いは難しいけれど、50歳になった今、愛はいとしさとかなしさが半々かな、と思いますね」(幻冬舎 1400円+税)