300人分の「扮装」が生み出すフシギ
「FACIAL SIGNATURE」澤田知子著
シュリンクをはぎ取り、小口に親指を当てながら本全体をたわませると「バリバリッ」。ものすごい音に驚く。
写真家本人が「東アジアの女性」に扮して撮ったセルフ・ポートレート集。A5変型、ソフトカバー。「化粧と髪形違い」を1ページに1点ずつ収録。漆黒を背景に浮かび上がる顔、顔、顔。ひたすら300枚。顔のサイズと目の高さが揃うようトリミングしてあるせいか、1枚ごとの「違い」だけに意識が吸い寄せられてゆく、不思議な感覚。
写真1点だけでは意味をなさない。300ページの「連続体」にして初めて「作品」が成立する。制作過程から最終的な表現形態まで、極めて計画的に仕組まれたコンセプチュアルな作品だ。
ところで、カメラ・オブスクラ(暗い部屋)とは、スケッチを描くために使われた、往年の光学装置だ。現在のカメラの語源でもある。一方、今日、光を遮断することで得られる人工的な「暗い空間」はと思いを巡らせると、「スタジオ」に行き着く。本書のカバー・帯・本文に至るまで「黒」尽くしなのは、撮影に使われた暗い空間=スタジオの「見立て」なのではないかと想像してみる。