現代人の心に響く時代小説編
「はだれ雪」葉室麟著
時代小説の魅力のひとつは、歴史上の英雄たちと同時代を生きた名もなき人々の人生のドラマを垣間見ることができるところではなかろうか。そこには時空を超えて現代人の心に響く人生の機微がある。
今週は、そんな時代小説の面白さが堪能できるお薦め5冊を紹介する。
人気作家の扇野藩シリーズ第3弾となる本書は、あの「忠臣蔵」を通奏低音に、男女の愛と苦悩を描き出す。
元禄14(1701)年秋、将軍綱吉の勘気に触れた幕府目付役・永井勘解由が扇野藩にお預けの身となる。藩では、いつか江戸にもどり幕閣に登用される可能性もある旗本の勘解由の扱いに苦慮し、藩主の鷹野の休憩所をあてがい、接待兼監視役として藩士の後家・紗英をつける。同年3月、江戸城内で浅野内匠頭による刃傷事件が起き、浅野内匠頭は即日切腹を命じられた。老中に切腹の見合わせを進言し、切腹直前に浅野内匠頭と面会した勘解由は、その最期の言葉を聞いたとされる。その勘解由のもとを、身分を隠し、大石内蔵助など赤穂浪士たちが訪ねてくる。(KADOKAWA 1800円+税)
「大川契り 善人長屋」西條奈加著
ある日、日本橋の茶問屋・玉木屋に養子に行った倫之助が深川の実家・千鳥屋に顔を出し、両親の儀右衛門とお俊に相談事を持ち掛ける。1年前に夫を亡くした義母のお杉が、無宿者の石蔵という男と一緒になりたいと言いだしているらしい。石蔵はお杉よりも25も年下でどう考えても身代狙いとしか思えない。儀右衛門は娘のお縫や、自らが差配する長屋の連中とともに石蔵の正体を調べるために動きだす。実は、儀右衛門は質屋のかたわら盗品を扱う故買にも手を出し、店の裏の長屋の住人たちもそれぞれに裏稼業を持つ悪党一味なのだ。(「泥つき大根」)
スリ、詐欺師、美人局などが住む「善人長屋」を舞台に描く連作人情時代小説。(新潮社 1500円+税)
「天下人の茶」伊東潤著
天下人に上り詰めた豊臣秀吉と、参謀として秀吉を支えもり立てながら最後は切腹を命じられた茶人・千利休。2人の相克を利休の4人の弟子・牧村兵部、瀬田掃部、古田織部、細川忠興の視点で描き出す長編時代小説。
天正19(1591)年、掃部は自邸の草庵に師の利休を招く。別れ際、利休は「己が冬であることを忘れ、いまだに盛夏のように振る舞う人もおります」と意味深の言葉を残す。2カ月後、師が自害。弟の秀長を失って以降、誰の忠告にも耳を傾けず、大陸出兵計画にのめり込む秀吉の姿に、掃部は師の言葉の真意に気づく。
文禄2(1593)年、明と日本の講和交渉が決裂した。見かねた掃部は、関白秀次を茶に招き、秀吉の暗殺を持ち掛ける。(「過ぎたる人」)(文藝春秋 1500円+税)
「陶炎 古萩 李勺光秘聞」鳥越碧著
文禄2年、かつて毛利藩の家中3美人に数えられた志絵は、朝鮮侵攻で夫を失い、婚家から離縁される。実家に戻り、茶道頭・岩佐家の手伝いをしていた志絵に、奉公話が持ち上がる。奉公とは、秀吉から毛利家に預けられた朝鮮一の陶工・勺光の世話だった。世話には夜伽も含まれることを知り屈辱に苛まれる志絵だが、拒否することはできない。意を決し引き受けた志絵だが、勺光は志絵に手を出すことはなかった。
一方、藩から勺光の監視を命じられた勘定方の弘太郎は、少年時代から憧れていた志絵に思いを募らせていく。志絵もまた弘太郎に夫に抱くことがなかった心の震えを覚える。
後に萩焼の祖となる李勺光と志絵、そして弘太郎の三つ巴の悲恋を描く長編時代小説。(講談社 1700円+税)
「智謀 真田幸村」雪花山人著
昨年は「大坂夏の陣」から400年。NHKの大河ドラマの放映も始まり、戦国武将・真田幸村の人気が再燃している。本書は、その幸村を主人公にした大正7(1918)年刊行の大ベストセラーの復刻で、江戸時代から明治にかけて大流行した講談「難波戦記」や「真田三代記」を集約した講談本。
関ケ原の戦い以降、紀州九度山村で雌伏の時を過ごしながら、豊臣家再興のために全国を巡って同志を募り、満を持しての大坂入城、そして大坂の陣で敗れるまでの幸村の激戦と策謀を、史実をもとにエピソードたっぷりに描く娯楽作品。
猿飛佐助や雲隠才蔵などの真田十勇士らを描くサイドストーリーも面白く、大河ドラマとあわせて読みたいお薦め本。(原書房 2000円+税)