神経経済学の最新成果にドキッ
「貨幣の新世界史」カビール・セガール著
副題に「ハンムラビ法典から」とあるが、貨幣の始まりを探る旅は、人類以前の生物同士の営みを探るべく、ガラパゴス諸島から出発する。生物同士の交換関係を築くことが、生物の生存上有利であることに着目し、ここに貨幣以前の「交換」の始まりを見るのである。
次にこの本では「貨幣」の存在以前に「債務」があって、それがお金の始まりであるという説を紹介している。たとえば各国のさまざまな贈与経済は、与える、受け取る、お返しをするという3つの義務があり、それが通貨のように機能しているというのだ。ここで世界の珍しい習慣として、日本の義理チョコを挙げている。
本書の目玉のひとつは、人間の欲を経済学、脳科学、心理学などと合体させた最新の神経経済学の成果が紹介されていること。天気がウエーターへ払うチップの額を左右し、店内に流れる音楽の種類が、客の購入するワインの銘柄に影響を及ぼすというのは納得だが、取引で大きなリスクを取るか否かは、遺伝子によって決定されているかもしれないという発見には、ドキッとする人もいるだろう。
また、米国連邦準備制度理事会元議長のアラン・グリーンスパンが「金融に関する意思決定において、投資家はこぞって合理性から逸脱する」と述べた現象については、「将来儲かるかもしれない」という期待で脳が活性化されると、非合理な選択をしてしまうことがあるという脳のメカニズムに迫っている。
やはり気になるのはお金の未来だ。知り合いには、貨幣経済に見切りをつけ、贈与経済で生きている人もいれば、金(きん)に換えてタンス預金に励む者もいるが、これもまたあり得る未来なのだと本書は教えてくれる。
本書を読んだら、財布から何げなくつまみ上げる10円玉の向こうに、気の遠くなるような人類の歴史を感じ、電子化が進んで硬貨が消滅した近未来を想像する。これこそ、読書の醍醐味。しばらくレジに立つたびに、この余韻に浸れそうだ。
(早川書房 2100円+税)