「半席」青山文平著
文化6年といえば1809年、江戸幕府開府から200年経っているが、その時代、80歳以上で御公儀の御役目に就いている旗本は20人。一番上は98歳の腰物奉行、というから驚く。江戸時代といえば、もっと若い年齢で隠居するものというイメージを持っていたが、80歳過ぎてなお現役の役職に就いているとはびっくりだ。
本書の前半には、そういう年寄りが次々に出てくる。徒目付の片桐直人は「爺殺し」といわれているので、そういう年寄りが絡む仕事は彼のところにくる。
どういうわけか年寄りは、片桐直人に尋ねられると何でも話しだすのである。
目付の仕事は幕臣の監察であり、徒目付はそのための下調べに奔走する。しかしここで描かれるのは、その表の仕事ではなく、「頼まれ御用」だ。たとえば、酒席で刀を抜き、人を惨殺したとする。本人が罪を認めればそれで事態は落着だが、被害者の身内にしたら、なぜそんなことをされなければならなかったのか、その理由を知りたいと思うのが人情というものだ。こういうときに、目付組頭のところに、動機を調べてほしいとの依頼が来て、そして片桐直人の出番になる。つまり直人の仕事は、犯人捜しではなく、なぜそんなことをしたのか、という人の心の探索である。実に秀逸な設定というべきだろう。
直木賞受賞後第1作だが、時代小説の傑作として堪能されたい。(新潮社 1600円+税)