「われらが背きし者」ロシアにおける「近代派」と「土着派」の相克
ソ連邦が崩壊し、自由市場体制に移行してもなおロシアは深い謎の国。いや、冷戦時代のような明白な対立構図が見えないとよけいに謎めいて感じるのかもしれない。
そんなロシアの変幻イメージにあふれるのが来週末公開の「われらが背きし者」。かつて「寒い国から帰ってきたスパイ」などでスパイの人間的な内面に迫ったジョン・ル・カレの最新映画化作品だが、今回はグローバル経済で退廃した国家と対峙し、対決せざるを得なくなる人間を描いている。
その中心をなすのが裏社会からのし上がったロシアの成り金。たまたま知り合ったイギリス人の大学教師を、妻もろともスパイゲームに引きずり込んでゆく。その描写はほとんどマンガチックなまでに誇張された“下品なロシア人”そのものなのだが、物語の中盤から、実はこの男がスラブ的な仁義を貫いて表社会のグローバルな利権集団の裏をかこうとする知恵者であるらしいことがわかってくる。つまりル・カレの狙いは、ロシアの歴史に根強い「近代派」(西欧派)対「土着派」(スラブ派)の相克を描くことなのだ。
人気エッセイストだった故・米原万里「ロシアは今日も荒れ模様」(講談社 530円+税)はこうした「西欧対スラブ」の文化構図をユーモラスに描いて、いまなお面白い一冊。西側に大歓迎されたゴルバチョフが「ロシアの民衆と真に向き合わない」人物だったこと、田舎政治家の典型に見えたエリツィンが実は金銭に淡泊で気のいい親父だったことなど興趣がつきない話題ばかり。この人にはぜひプーチンを論じてほしかった。
〈生井英考〉