「ハイン 地の果ての祭典」アン・チャップマン著 大川豪司訳
20世紀末に絶滅した南米の先住民族セルクナム族の文化と特異な彼らの祭典「ハイン」を伝える文化人類学リポート。
1923年に行われたハインに立ち会ったドイツ人文化人類学者のマルティン・グシンデ神父による写真や記録に加え、関係者やセルクナム族の末裔たちの証言などから、人類が定住した最も南の最果ての地で行われていた希少な儀式を再現する。
セルクナム族が住んでいたティエラ・デル・フエゴ(フエゴ諸島)は、南米大陸の南端、マゼラン海峡で大陸と隔てられて点在する島々。南極大陸と1000キロも離れていない過酷な土地に、かつて言語も生活様式も異なる4つの部族があり、セルクナム族はそのひとつだった。
若い男たちの通過儀礼だったハインは、その昔は、1年以上の長い期間をかけて行われたそうだ。
全裸かグアナコやアザラシの毛皮一枚をまとうだけで暮らしている彼らだが、ハインでは、体中を美しく彩色してそれぞれの役割に扮装する。
中でも、もっとも手の込んだ扮装をするのが、精霊役の男たちだ。のっぺりとした仮面をかぶり、白く塗った体に太い赤の縦縞(写真)や、横縞に白い雪のようなまだら模様、深紅の全身に細い白の横縞、彩色された体全体を鳥の綿毛や綿羽で覆った姿など、参加者は異界に入り込んでしまったかのような錯覚を覚えたことだろう。
ハインの重要な目的は、極端な父権制社会の維持であり、若い男を鍛え、女たちに身のほどをわきまえさせておくための儀式であるとともに、社交の場であり、重要な宗教的意味も持っていた。ゆえにこうした扮装は女たちをだまし、時に笑わせるためのもので、女性たちは精霊たちが本当にいると信じて(あるいは信じているふりをして)いたそうだ。
ハインのもとになる神話を解説した上で、グシンデ神父が撮影した写真をもとに、1923年のハインの様子を克明に紹介。読めば読むほど、人々と精霊たちが織りなす物語の不思議な世界に引き込まれていく。
1880年ごろにはセルクナム族と、隣接して住んでいたハウシュ族(彼らも彼らのハインを行っていた)の人口は合わせて3500~4000人ほどいたという。しかし、彼らの土地を植民地化した西洋人による虐殺や、持ち込まれた疫病で1930年ごろには100人ほどに減少。最後のハインが行われたのが1933年で、1999年には生粋のセルクナム族の女性が亡くなり、彼らは地上から消えてしまった。
部外者に秘匿され続けてきた幻の祭典と、アートのような彼らの身体彩色を今に伝える貴重な書。(新評論 3000円+税)